2004年12月31日

行く年来る年

あと5分程度で2004年も終わりです。

このサイトを始めてちょうど今日で2ヶ月目ですが、お越しに来てくださった皆様、どうもありがとうございました。また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
posted by liger-one at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「The Mac Driver Museum」

以前PowerBook1400について書いたせいか、たまに1400について検索をかけてこられる方がいらっしゃるようです。前にも書いたとおりの理由で、私は1400は現在たまにしか使用しませんが、機会があればG3カードや無線LANカードをつみたいと考えています。で、大晦日だというのにまったく関係のない話題ですが(爆)、今日はしばらくぶりに1400の話を書いてみませう。

1400には、当時のノートとしては珍しく拡張スロットが搭載されています。これはおそらくNubus(ヌーバス)系の拡張スロットでPCIバスではありませんが、Ethernetカードや外部出力用のビデオカードを搭載できます。1400にはLANポートは標準では搭載されていないのですが、私が入手した1400にはたまたまEthernetカードが内蔵されていました。1400用の拡張カードは今ではけっこう珍しいようで、オークションでもたまに出品されています。
続きを読む
posted by liger-one at 14:20| Comment(2) | TrackBack(0) | Mac and Windows | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自衛隊のCM

昨日、街中を歩いていたら、ふと見たオーロラビジョンに陸上自衛隊のCMが流されていることに気がついた。いつから自衛隊のCMがああも街中で堂々と流されるようになったのか。世間の許容度が高くなったせいかどうかはしらないが、自衛隊も「偉く」なったものですね(皮肉です)。
posted by liger-one at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月30日

日本語はどういう言語か:目次


日本語はどういう言語か(初版)1956(昭和31)年9月、講談社「ミリオンブックス」シリーズ(新書版)の一冊として出版された、『弁証法はどういう科学か』に並ぶロングセラーにして三浦つとむの代表的著作の一つ。この著作は吉本隆明氏の『言語にとって美とはなにか』(角川ソフィア文庫など)に影響を与えたとされ、講談社学術文庫版(後述)では吉本氏が解説を担当されている。

続きを読む
posted by liger-one at 14:27| Comment(0) | TrackBack(1) | The Tsutomu Miura Archives | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月26日

学校教育の理由(わけ)

前回の投稿の内容についてすこし書いておきたいことがある。それは「何故あれほど多くの科目を学校で勉強する必要があるのか」、ということである。以下はその目的の一つについて述べたものである。

学校教育は、(現在の教育内容がどうであれ)本来的には、社会の文化の「相続」に加え、社会の「創造」(発展)を担える人間を育てることを目的とする(河合栄治郎『学生に与う』参照)。別の角度からいえば、生徒が「現代社会生活で必要とする知的水準に達するため」、「現代社会で一人前にやっていくことができるだけの知識と知的能力を与えること」(内藤勝之『中学生の自宅学習法』・三心社)が、学校教育の最大の目的ということになろう。あるいは「学校で教育をするのは、将来のための職業的基礎を与えるという意味もないわけではないが、それより以上に、人間の能力を円満に発達させるための刺激としての効用が期待されている」ため(外山滋比古『新・学問のすすめ』講談社学術文庫)、といっても良いかもしれない。

要するに、教育次第でどのようにでも育ちうる・子どもの持つ能力の可能性を、最初から狭めてしまうような教育をするわけにはいかないのであり、そのために自然・社会・人文の三大科学(分野)の基礎を初めとして、さまざまな科目が教えられる必要があるのである。また、裏を返せばそれだけの教育が必要とされるほどに、現代社会は発展しているということでもある。義務教育といわれる小学校・中学校での教育が重要視されるのはそのためであり、またその意味で学校教育は、実生活に役に立つ・立たないといった功利主義・実用主義を重視して行われているのでは必ずしもないのである。

仮に高等数学を学んでも、個人としては実生活で役に立つ面はほとんどないかもしれない。しかし、人類が作り上げてきた文化遺産の一つとしては、学ぶ(継承される)必要があるのである。もっとも、それが見事に継承されるか否かは、生徒の意思もさることながら、その半分以上は教師の力量にかかってはいよう。

ところで、こんな教師たち(毎日新聞「相田みつを知らず生徒けなす」)に教えられるくらいなら、塾に通ったほうがよほど生徒のためになるかもしれない、などと私は考えてしまうのだが・・・(塾も塾で問題が山積みとは思うが・・・)。

posted by liger-one at 13:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月19日

実学と嘘学(2)

それはさておき、「実学」という考え方には以前から疑問を持っていたのだが、南恁p正氏が『弁証法・認識論への道』(三一書房)で紹介されていた『学生に与う』(河合栄治郎・現代教養文庫)を読んで、その疑問と理由は氷解した。(河合栄治郎(1891-1944)は旧東京帝国大学の経済学部の教授であり、専門の経済学のほか、学生向けの著作も多数執筆されていたという)。

「実学」という考え方が成立したのは、どうやら明治以降のことらしい。この『学生に与う』「第一部 価値あるもの」の「三 教育」で、河合栄治郎は、日本の学問に対する考えかたが明治維新以前と以後とでは相当に変化したことを指摘している。とりわけ明治維新後に日本に取り入れられた洋学(科学)、そして当時の西洋の学界の思潮まで輸入する結果となった。
続きを読む
posted by liger-one at 16:12| Comment(7) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実学と嘘学(1)

だいぶ前のことだが、学問のことである人と議論になったことがある。その人曰く、「実学以外の学問なぞ役には立たない」と。正確に覚えているわけではないが、要はこのような主張だったと思う。

彼の主張でいうところの「実学」とは、要は「生活に役立つ学問」あるいは「就職に役立つ学問」ということなのだろうと思う。この考え方で行くと、「実学」とは、生産に直接つながる自然科学系の学問や、社会科学ならば専門職に直結した法学系の学問あるいは経営学など企業活動に役立つと思われるものなど限られることになろう。

続きを読む
posted by liger-one at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Draw

年も押し迫ってきたせいか、仕事がつまり気味でなかなか更新できない(帰る時間が遅すぎて更新する気力がわかないということもありますが)。

ところで最近ある資料をワードで作っていたのだが、使い勝手が悪くてファイルフォーマットをエクセルに変えようと思っている。職場のワードは2000なのだが、2000だと図形の扱いがエクセルよりも制限されていて(コネクタが使えないなど)、思うように図が描けないのが変えたい理由の一つだが、一方エクセルの場合、当然かもしれないが書式の設定がワードよりも制限されていて、どちらも一長一短ではある。こんなときはドロー系のソフトが使えれば楽なのだが、ソフトがワードとエクセルの2つに制限されているためどうしようもない。

続きを読む
posted by liger-one at 01:04| Mac and Windows | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月15日

無題

仕事におされ気味で中々更新できません。昨日はとうとう徹夜する羽目になりました。今日はもう帰って寝ます・・・しかし、明日もきつい(汗)。
posted by liger-one at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月12日

弁証法はどういう科学か:目次

1955(昭和30)年12月、講談社「ミリオンブックス」シリーズの一冊として出版された、三浦つとむの代表的な著作にして超ロングセラー。1965(昭和40)年3月には「もはや紙型が損じて増刷の要望に応じられないから、これを機会に全部新らしく組み変えて新訂版を出したいという出版社の要望で」(新訂版あとがき)全面的に手を加えた新訂版が出版されたが、その後「ミリオンブックス」シリーズの廃刊に伴い、1968(昭和42)9月には増訂改版が「講談社現代新書」シリーズの一冊として出版された。私たちが現在目にすることができるのは、最後の講談社現代新書版であるが、毎年増刷され、今でも手に入れることができる。そして来年には、初版が世に出て以来、実に50年目を迎えることになる。今年の10月に現代新書が40周年を機に装丁を全面的にリニューアルしたので、この本もその機会に絶版になったかとすこし不安になったが、他の本の目録を見ると、どうやら今回も生き残ったようである(余談だが、今回の新装丁は、今までの装丁が33年間もの長期にわたったことや個人的に好きだったこともあってか、少々シンプルすぎるような気もする)。弁証法はどういう科学か(初版)弁証法はどういう科学か(新訂版)











続きを読む
posted by liger-one at 21:31| Comment(0) | TrackBack(1) | The Tsutomu Miura Archives | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

弁証法についての覚え書き

法則や公式について色々考えているうちに、覚え書き程度ではあるが、弁証法についてすこし書いてみたくなったので、書きのこしておくことにする。

弁証法という学問は、物事の持つ「変化」や「発展」といった性質を、すべて「弁証法性」つまり「運動のありかた(運動形態)」としてとらえることに最大の特徴がある。逆に言えば「世界」(森羅万象)は、未知のものも既知のものも含め、すべて「運動」(変化・発展)しているからこそ、弁証法という学問(あるいは認識)が成り立ち、また未知の問題に適用しても役に立つという根拠がある。だから弁証法を学ぶと、「世界」のいっさいがっさいを「運動のありかた」として一貫的に理解できるようになるのであり、ここに弁証法を学ぶ最大のメリット(というか必要性)がある。特に学者や研究者は、「世界」の一部(個別科学)または全部(哲学)を学問や研究の対象にしているのだから、その「世界」のもつ性質=弁証法性を無視して研究を進めたらどんな結果になるのか、多少なりとも考えるべきなのではなかろうか(もっとも、学問的に弁証法を極められた人は、歴史的に見ても極めて少数らしいのだが・・・)。
posted by liger-one at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学・哲学・弁証法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学力(2)(続)

学力(2)(続)

このOECDのテスト結果で気になったのは、文部科学省のあわてぶりのほかにもうひとつあります。それは「習熟度レベル」の高い生徒と低い生徒での得点格差が、前回と今回とで広がったということです。テストの問題は生徒ごとに変えてあるということですが、高い生徒では前回のテストと今回とでは差があまりなく、低い生徒のほうで差がひろがったとのことです。順位が下がった原因は直接にはそれでしょうが、問題はなぜ広がったのか?ということです。

おそらく学力低下に大きくかかわっているのは、一つには親の教育態度だと思うのです。教育といっても子どもを塾に行かせるとかそういう話ではなく、「親は子の鑑(かがみ)」という言葉に代表されるように、普段からの生活態度を含めての子どもへの教育態度です。昨今本を読まない人が増えたといいますが、親が普段から本や新聞などを読む習慣があまりない・そういう姿を子どもに見せない場合、果たして子どもが自分から進んで本を読むようになるのか、です。もっとも親が本を読むから子どもが本を読むようになるかというのは一つの偶然性であって、必然とは言い切れません。親のせいでかえって本嫌いになることさえ考えられます。しかし可能性としてはありうると思われるのです。

子どものうちに活字に親しむ習慣が身につかなかった場合、その人は果たして成長したら本を読むようになるのか? 人によっては20代になって突如として読書に目覚めた、なんて人もいるようですが、今の日本には本などよりも魅力的な娯楽がいやというほど存在しますから、それら以上に本(活字)に魅力を感じるのは、何か強烈な体験でもないかぎり難しいかもしれません。まして読書が習慣化するなどということは、軽い小説などならともかく、一昔前の活字がぎっしり詰まった本など見向きもされないのかもしれません。(まだ続く、か考え中。)
posted by liger-one at 00:03| Comment(1) | TrackBack(1) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月11日

疲労

予想通り、昨日も仕事で遅くなってしまい、結局投稿せずじまいでした。少々お疲れモードに突入気味です。体の筋肉があちこち痛いです(=;^・・^=)。
posted by liger-one at 18:59| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月09日

無題

まだ会社です(汗)。仕事が詰まっていて明日もこの調子でしょうから、昨日の続きはあさってになるかもしれません(すみません)。やれやれです。
posted by liger-one at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月08日

学力(2)

以下の文章は、菜園チスト氏のコメントに対する返信として書いたものでしたが、長文になってしまったので、コメントではなく投稿文として掲載することにします。

>菜園チスト様

こんばんは。遅くなりましたがコメントどうもありがとうございました。die_vernunft氏の「卒論執筆中という名の怠惰なひととき」ですね。昨日(というか深夜)さっと目は通させていただいたのですが、改めて読み直させていただいています。もっとも、氏のブログに投稿してしまうとかなり長くなりそうなので(^^;)、こちらで展開します。

1・今朝テレビで見たのですが、新聞でも昨日の夕刊一面で各紙とも大きくとりあげられていたようです(私は自宅の新聞に今朝目を通しました)。識者からの意見もかかれていましたが、文部科学省の過敏な反応に対して批判的なコメントも見られました。まあ当然だとは思います。数年前、TOEICの平均点が他の諸国よりも低かったことが話題になりましたが、この国の役人は、結果ばかりを取り上げて、その過程は全く無視したがるのですね(その傾向は役人だけではないのですが)また、どのような母集団やサンプル数など統計的な面も気にかかりますが、ここでは一応棚上げにしておきます。

こういう人たちには次の言葉を送りたいと思います。

「・・・たとえば、ヴィドックは推量がうまくて、根気強い男だった。しかし、考えに教養がなくて、いつも調査に熱心すぎるためにしくじっていた。彼は物をあまり近くへ持ってくるので視力を減じたのだ。一、二の点はたぶん非常にはっきり見えたかもしれん。が、そのためにどうしてもものごとを全体として見失うんだね。こういうわけで、あまり考えが深すぎるということがあるものだ。真理は必ずしも井戸の中にはない。事実、重要なほうの知識となると、それはいつも表面(うわべ)にあるものだと僕は信じる。深さは、真理を捜し求める渓谷にあるのであって、その真理が見出される山嶺(さんてん)にあるのではない。」

「過度の深さは考えを惑わし力を弱める。」

(エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人事件』新潮文庫 強調は引用者)


これは弁証法的な考え方の一例でもあります。(続く)
posted by liger-one at 20:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

只今、

数日前にポチッと出来た口内炎に苦しめられてゐます(泣)。
posted by liger-one at 14:33| Comment(6) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学力

asahi.com
「日本は数学6位、読解力14位に転落 OECD学力調査」

この記事によると、「41カ国・地域の計約27万6000人の15歳を対象に、知識や技能の実生活への応用力をみるテストが行われ」、2000年に実施された調査結果に比べると、数学は1位から6位へ、読解力は8位から14位へとダウンしたとのことである。またこの調査では「習熟度レベル」の高いグループに比べ、低いグループでの落ち込みが大きかったようだ。「文部科学省は日本の学力について初めて「世界のトップレベルとはいえない」との表現を使い、厳しい現状認識を示し」、「今回の結果について『日本の学力は上位にある』としつつも、特に落ち込みの目立った『読解力』に対応するため『読解力向上プログラム』を来夏までに策定すると表明した」という。

また「Yahoo!ニュース」(配信:共同通信)では、中山成彬文部科学相が「『要するに勉強しなくなったんじゃないですか。低下傾向にあることをはっきり認識すべきだ』と述べ、世界トップレベルからの脱落を認めた」「もっと勉強しないと駄目だということを徹底しないといけない」と記者会見で述べたという(Yahoo!ニュース「要するに勉強しなくなった 中山文科相」
続きを読む
posted by liger-one at 01:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月06日

無題

「明日の栄光のために、今日の屈辱に耐える日もある。」(宇宙戦艦ヤマト)

・・・そう信じたいものです。
posted by liger-one at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月05日

人生:目次

1959(昭和34年)11月、講談社「ミリオンブックス」シリーズの一冊として出版された新書版の著作。副題は「人間のありかたと生きかた」。
「・・・『人生とは何ぞや』の問題は、人間にかされた永遠の問題かも知れない。しかし、今日ほど新らしい人生論、幸福論のもとめられている時代はないだろう。この本は、著者の体験と思索から書いた『体あたり的人生論・幸福論』です。」

(カバー文「■この本を読まれる方へ」より)

上記のとおり、本書は彼の体験や経験に基づいた人生論であり、人間論である。中には異性論や恋愛論など、後に書かれた『新しいものの見方考え方』(青春新書)などよりも ややつっこんで書かれた箇所も見られる(なお、残念ながら私は現在この著作を所有していないので、今回は直接内容にまで立ち入って紹介できないことをお断りしておきます)。

(12/6 文章の一部と引用部分を修正)
続きを読む
posted by liger-one at 14:10| Comment(0) | TrackBack(1) | The Tsutomu Miura Archives | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「陸自幹部が改憲案作成」東京新聞(朝刊・1面)

東京新聞(朝刊・1面)
陸自幹部が改憲案作成 自民大綱素案に反映 「軍」設置など主張

先月、自民党の憲法調査会・憲法改正案起草委員会が憲法改正草案大綱の素案をまとめたとの報道がなされたが、10月下旬に陸上自衛隊の幹部がまとめた憲法改正案が、中谷元・改正起草委員会座長に提出されており、その趣旨が素案に「結果的にすべて」反映されていることが4日、分かったという。
続きを読む
posted by liger-one at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。