2005年02月28日

ブラウザ

私はwindowsではブラウジングはもっぱらSleipnirだが、Mac(1400)ではiCabを使うことが多い(IEもありますが)。先ほどOpera(6.03)を落としてみたのだが、動作速度が遅すぎて描画がうまくいかないのか、Yahoo!Japan を開こうとするとどうもうまくいかない(画像が多いせいもあるのだろうか)。やっぱりOld macにはiCabが最適でしょうか。ファイルダウンロードもIEより早いし。
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民族主義の亡霊

自民新憲法委 前文に積極的平和主義

コンビニでちらっとほかの新聞(朝刊)を見てみたのだが、東京新聞以外で憲法のことを一面に載せていたのは日経だけだったかと思う。どうもあまり国民には見られたくない記事らしい。
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2005年02月27日

「哲学に用いられた数学的形式」

ハイネ『ドイツ古典哲学の本質』(1834)より、同名タイトルの箇所を抜書き。

「さて哲学者はなにゆえに、これほどまでに数学的形式をひいきにするんだろうか? これはピタゴラスからはじまったことである。ピタゴラスは客観界の原理を数であらわした。これは天才的な思想であった。一定の事物は数であらわされると、その事物の有限の感覚的な要素はすっかり除去されてしまう。しかも、その数は一定の事物と、その事物の他の一定の事物との関係をはっきりとあらわしている。その他の一定の事物も、数であらわされると、やはり有限の感覚的な要素をとりのけられたものになる。この点で数は観念に似ている。観念もまた有限の感覚的な要素をとりのけられたものとして、他の観念と関係している。だから、人間の精神と外界の自然とにおいてあらわれる観念は、数によってきわめて適切にあらわされるのである。けれども数はあくまでも観念をあらわす記号であって、観念そのものではない。ピタゴラス先生は、この数と観念との相違をよくわきまえていた。ところが弟子たちはこの相違を忘れてしまって、孫弟子たちに象形文字としての数、記号としての数だけをつたえた。その数のあらわす意味は、ついにはだれにも分からなくなって、ただ学者ぶって口まねでしゃべるだけのことになった。数以外の数学的形式も、これとまったくおなじだ。永久にうごいている観念的なものを固定することはできない。観念は数によっても、また線分、三角形、四角形、円などによっても固定されない。思想をかぞえたり、はかったりすることはできないのだ。」(岩波文庫版・P171-172)


ポオも数学的な推論には批判的でしたが、ハイネも数学を哲学に応用することには批判的だったようです。ハイネのこの著作をポオが知っていたかどうか私は知らないのですが、どちらも詩人だったというのは、彼らの頭の鋭さと何か関係があるのでしょうか。
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2005年02月26日

抜歯

十数年ぶりに歯をヴァキヴァキと抜いてきました。えらくてこずりましたが(==;)。ガンに限らず歯も早期発見・早期治療が肝要でし・・・。
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「言いたい放談」(東京新聞)を見て

今日の東京新聞(朝刊)を見ていたら、テレビ欄のコラム「言いたい放談」で、ジャーナリストの小田切誠氏がこんなことを書いていたのを見て驚いた。

(前略)「新聞やテレビニュースではほとんど報じられないのだが、国会では与党が十人未満の会派に、予算委員会での採決前の討論を認めないと提案。また、議員の質問趣意書を廃止する方向で、議論が煮詰められつつあるという。いずれも、とんでもない話だ。」(後略)(タイトル「少数意見封じの風潮」)


「今、自民党と民主党の二大政党の議席占有率は、およそ90%になっている」(同上)という。細かい違いはあるにせよ、全体として民主党が自民党の亜流でしかないことは民主党の成り立ちを見てもわかることだから、今の国会は大ざっぱに考えても「自民系90パーセント+その他10パーセント」という、実はとんでもない状態になっていることになる。それに輪をかけて自民党が小数政党の意見の口封じを画策しているとは、聞いてあきれずにはいられない。

小田切氏は小選挙区制についても触れているが、一選挙区につき一人しか選出できないこの制度が通った時点で、今日の少数政党の命運はほとんど決まったようなものだったのだろう。今日全体として選挙離れは加速する一方だが、組織票はなんだかんだで集まるだろうから、組織的に動ける大政党ほどいまの小選挙区制で有利なものはない。この手詰まりの状況を何とか打開できる術はないものだろうか?
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2005年02月25日

無題(『西洋科学史T』より)

メモ程度にひとつ抜書き。

「・・・考える人にとって科学史に心を傾けるのは必要で意義あることなのだ。なぜなら彼は孤立して生きているのではなく、世界、環境、彼の$「界の中で、この世界や他人たちと幾重にもからみ合い、解きがたいきずなをもちながら生きている――しかも、科学はこの世界を形成していく力の一つだからである。」

 「この世界は現状のまま天界から降って湧いたのではなくて、私たちの扱うどの存在も歴史的に形成されたのだから、やはり史的発展の基礎に立たねばこれを理解できないし、この理解に立ってこそ意味のある行動をとってこれに影響を与えることができる。政治的な計画や行動に際して常に、遠く、また近い過去に国民の運命がどんなふうだったかが否応なくぴんと来ないような人は、今日、政治家の名に値するだろうか? 過去と同時に未来に予期され希望されうることをも現代に生かす≠アとこそ政治に限らず一般に適切な対処というものの本当のあり方なのである。」
(シュテーリヒ『西洋科学史T』(現代教養文庫、P8-7))

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2005年02月24日

ニュース一題

憲法「前文」見直しを自民公が強調 衆院調査会、社共は否定(産経新聞)

相も変わらず自民党が執拗に憲法をいたぶっているようだ。記事によると、「自民党の福田康夫氏は前文の内容について『前半が戦争の反省に尽きており自虐的だ』と指摘し『日本の独自性などを記述して日本人としての誇りを持てるものでありたい』と強調した」という。相も変わらず勝手なことを言う。

「ポジティブシンキング」とか「プラス思考」というのは、一見前向きな考え方のようだが、欠点や汚点から目をそらし、直視しないという点では、かえって後ろ向きの考え方でもある(「ポジティブシンキング」も条件次第、ということだ)。福田氏など自民党の政治家などが語って止まない「国に対して誇りを持つ」というのはそういうことでしかない。要は過去に対して開き直り、責任を負いたくないということだ。

一言断っておくが、私は日本という「国」は嫌いではない。しかし自由主義史観など「酔っ払い」の主張に与する気もさらさらない。ハーメルンの笛吹きよろしく彼らの「愛国ロマン」のために地獄までお付き合いするようなマネは、御免こうむりたいものだ。
posted by liger-one at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

更新状況

・実験的にですが、プラグイン「Favorite」(お気に入りBlog)を追加してみました(ボンタさんが嘆いてをられましたので・・・(^^;))。FOAFマップはブログ始める前にもほかのところで見たことがありますが、JAVAアプレットなんでしょうか。
・そういえば、かなりまえからRSSのプラグインを追加していますが、何にしようか決めかねています(放置状態です・・・(汗))。
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2005年02月23日

愛国奴

売国奴という言葉を見ていたら、ふと「愛国奴」という言葉が頭に思い浮かんできた。検索で調べてみたのだが、売国奴と比べるとあまり一般的な用語ではないらしく、わずかにほかの人が使用しているに過ぎなかった。「愛国」という言葉に人をあらわす言葉を組み合わせて使うとしたら、普通は「愛国者」という言葉だろうから、当然かもしれないが。

愛国奴とは、直訳すれば「国を愛する奴隷」ということになるだろうが、今はむしろ普通の人が「愛国奴」ぶりを発揮しているのではないかと思えるのが、なんとも不気味さを感じずにはいられない。

酔っ払いが吐く暴言は、本人はいい気持ちで吐いているのかもしれないが、周囲の人間からすればたまったものではない。「愛国奴」も同じように暴言を吐いているのだが、酔っ払いと違うのは、彼らにとってはそれが「正気」の状態であり、しかも「善意」で主張しているという点である。もっとも同じ「愛国奴」の暴言なら、ナチスドイツを肯定するつもりはさらさらないのだが、私にはナチス軍人・シュトロハイムの「我がドイツの科学力は世界一」(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第二部)という科白のほうがよほど快く聞こえるのだが、なぜだろうか。
posted by liger-one at 20:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月22日

無題

頭痛(風邪気味)のため今日はもう寝ます。早くすごしやすい季節になってほしいものです。
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2005年02月21日

Curry

唐突だが、私はカレー好きである。このような文章も、息抜き程度にたまにはよかろうと思う。
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2005年02月20日

眠いので

今日はもう寝ます。それにしても、2月もあと一週間程度で終わりですが、早いものです。
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2005年02月19日

適用の限界

菜園チスト氏の投稿でも触れられていることだが、以前氏の投稿に対して<公式や法則の適用には限界がある>との内容のコメントを寄せたことがある。以下の文章は、そのときのコメントの内容を多少敷衍した形で展開したものである。
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2005年02月18日

文才

いま頭の中で思っていることは、実はもっと簡単に表現できるのかもしれないが、「考えることと書くことは違う」ということを改めて思う。勉強不足もさることながら、表現力をもっと鍛えねばならない。


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2005年02月17日

無題

ここ2日ほど更新できませんでしたが、実はある記事を書くのに少々手間取っております。ある程度まとまった形になったらアップしたいと思いますが、いったん寝かせておいて、後で見直したほうがいいのかなとも考えています。
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2005年02月14日

メモ:具象・抽象・捨象・表象

具象:「(1)目に見える形のあること。姿や形をもっていること。具体。」((2)は略)

抽象:「事物や表象を、ある性質・共通性・本質に着目し、それを抽(ひ)き出して把握すること。その際、他の不要な性質を排除する作用(=捨象)をも伴うので、抽象と捨象とは同一作用の二側面を形づくる。」(メモ:抽象と捨象との直接的同一性/抽象すると直接に捨象する/抽象と捨象との対立物の統一)

捨象:「概念を抽象する際に、抽出された諸表象以外の表象を考察の対象から切り捨てること」。

表象:「感覚の複合体として心に思い浮かべられる外的対象の像。知覚内容・記憶像など心に生起するもの。直観的な点で概念や理念の非直観作用と異なる。心像。観念。」(注・表象については『言語と認識の理論T』を参照。)

(以上Goo辞書/三省堂提供「大辞林 第二版」より)


(06.12.24追記)
……どの語に表現された認識も、すべての対象の具体的な感覚的なありかたを頭の中で無視して(これを捨象という)しまって、それがどんな種類に属するかという種類としての共通性だけを分離して(これを抽象という)とりあげたものであり、この認識を概念と呼んでいる。概念は対象の感性的な認識の側面を捨象し止揚した認識であるから、この認識それ自体は超感性的である。(以下略)

(『日本語の文法』P11、第1章−3・言語の本質と言語における認識の特徴、強調は原文傍点)

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2005年02月12日

無題

体調不良のため今日はもう寝ます。眠うございます・・・。
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2005年02月11日

麻酔

「ボンタの司法試験日記」のボンタ氏は、歯科の麻酔が苦手だといふ。確かにあれが原因で歯医者に行きたくないといふひとも多からう(私もさうでした(汗))。しかし場所にもよらうが、最近の歯医者の麻酔の仕方は昔とはだいぶ変わつてきてゐるやうだ。

ポータルサイトの「ハーネット」では、「ワンド」といふコンピュータ制御の麻酔が紹介されてゐる(無痛治療/ワンド)。以前ネットで調べたときに知ったことだが、普通の麻酔注射が痛いのは、人間の手で行われるために麻酔薬が注入される圧力が一定でないからだといふ。その点コンピュータ制御なら圧力は一定だから、痛みもほとんどなくすむといふわけだ。これに歯ぐきの表面をマヒさせる表面麻酔を組み合わせることで、注入時の不快感はさらに軽くなる(まったくの無感覚とはいえないが)。

ちなみに私が実際に受けた麻酔はワンドではなかったが、やはり電動麻酔だつたので痛みはほとんど感じられなかつた。しかし・・・これでもダメとゆう人には笑気麻酔が必要かもしれませぬ・・・(私はしたことありません)。
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2005年02月09日

虫歯

去年から虫歯治療をしていますが、プロフィールにも書いてあるとおり、今年中に完治すればよいなと思っています。

歯の治療は誰でも嫌なものだと思いますが、早めに行くに越したことはありませぬ(私も放置期間が長かったせいで苦労しています・・・)。
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2005年02月08日

ノート:主に認識論について(補筆)

昨日唐突に三浦つとむの著作からの抜書きを投稿しましたが、これには理由があります。

それというのも、「タダモノたちのつぶやき」のSNG氏が、<「無限」であるはずの世界に関する普遍的な認識(法則)を、「有限」な人間の認識をもってどうして得られるのか、あるいはどのようにしてそれを「保証」するのか、それは科学者の「僭越」ではないのか>ということを、表現こそ違えども、1月頃から何度かくりかえし語っていらっしゃることによります。昨日の抜書きは、彼の問題を考察するための「材料」の意味合いも含んでいます。
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