2005年03月31日

更新状況

・カテゴリ「メモ」の投稿が多くなりすぎたので、新たに「科学・哲学・弁証法」「社会」「教育」のカテゴリをつくり、「メモ」より半数ほど分類しなおしました。最近は投稿する記事を全部メモ扱いにしていたので、改めて分類するのはちと疲れました(;==)。「ちりも積もれば山となる」というか、「量質転化」というか・・・・。複数の記事のカテゴリを同時に変更できれば便利なんですが。なお、この機会にカテゴリ「ノート(論理的覚書)」も各記事を他カテゴリに分類しなおし、カテゴリそのものを削除しました。

・テンプレートですが・・・Sleipnirではやっぱり今ひとつ表示が重いので、どないしようか検討中です。ところでIEはCSSにまともに対応していないとか聞きましたが(だからIEコンポーネントを使っているSleipnirも、このテンプレートでは表示が重いのかと思いますが)、今年の夏頃でるとかいうIE7になれば、少しはましになるのでしょうか?
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2005年03月28日

無題(『日本の新興宗教』より)

いままで何度か「天皇制宗教」ということばをこのブログで使ってきたが、あまり一般的でないと思われるこのことばは、実は私が考えたものではなく、『日本の新興宗教』(高木宏夫・岩波新書、1959)のなかで用いられているものである。天皇制と新興宗教とがどう結びつくのか奇妙に思われるかもしれないが、これは同書では、天皇制を、明治維新以降に成立した「権力をもった新興宗教」と定義しているためである。

「新興宗教・天皇教」は、敗戦によってその「神通力」を一気に失うかたちとなったが、政府や自民党は憲法や教育基本法の改悪に乗じて、またぞろそれを持ち出そうとしている。人類が火星にまで行こうかというこの時代に「オカルト」頼りとは時代錯誤ぶりも甚だしいが、しかしながらどうもその「天皇を中心とした神の国」も、「ブッシュを中心とした神の国」には頭が上がらないようである。

絶対主義天皇制の確立
日本人の宗教教育は、たんに大衆の信仰に根ざすだけでなく、国家による教育の中で大きく規定づけられてきた。それは、明治維新(一八六八年)が上からの改革であり、改革にあたって天皇がかつぎだされて「錦の御旗」となり、ここから絶対主義が成立したという歴史的事実にもとづいている。

明治維新によって新しく生れた国家権力すなわち天皇制の特徴は、絶対主義という点にある。絶対主義は封建制から資本制に移行する過渡期にあらわれる。一方では寄生的土地所有の上にたつ貴族・地主階級に足をかけながら、他方では大商人・高利貸などの新興ブルジョア階級と手をにぎって、資本主義を発展させる任務を遂行する権力である。政府の権力が無制限であるという意味で、これは絶対主義とよばれている。したがって、天皇制自体は強固な階級的地盤をもっていないために、その国家意思を神聖化する宗教的イデオロギーによって、つよく支えられることが必要である。これがなければ自己の地位を保つことはできない。だからこそ、特有のイデオロギーすなわち天皇制宗教を確立し、それを教育によって大衆に徹底的に浸透させ、それと抵触するような性格のイデオロギーを強力に排除しなければならなかった。天皇制確立後、立憲君主制という粉飾はしたが、絶対主義の本質は敗戦まで依然として変わらなかった。

(「U 明治以後の大衆思想運動 1 戦前における大衆思想教育」より)

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2005年03月27日

RSSリーダー

ブログの認知度が高まりだした昨年後半からRSSリーダーを使っている。RSSリーダーは「Goo RSSリーダー」や「Mozilla Thunderbird」(これはメーラーだが、RSSリーダーも内蔵されている)などいくつか試してみたのだが、今はSleipnirのプラグインである「RSSバー for Sleipnir」に落ち着いている。プラグインなので他のRSSリーダーよりも機能は少ないが、すばやく更新情報を得るにはなにかと便利だ。

エクスプローラーバーの機能の一つとして組み込まれるため表示領域は狭いが、それを差し引いても、例えばRSSに対応しているページをドラッグ&ドロップですぐに取り込めるのは便利だと思うし、ニュースなどカテゴリ別のRSSもデフォルトで複数登録されている(Gooのように多すぎないのがいい)。また最近のバージョンでは、Yahoo!オークションのRSSにも対応している(キーワードとカテゴリを指定するだけで登録可)。

なお私は使ってはいないが、このRSSバーにはIE版もある(IE5.0以上に対応)。機能的にはSleipnir版と変わりないようなので、IEをメインブラウザに使っている方は試してみてはいかがでしょうか?(残念ながら、同じIEでもMac版IEには対応してないようです。)
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2005年03月25日

Avast!4:アンチウイルス

最近アンチウイルスを新しいものに替えた。今まで使っていたアンチウイルスは、フリーウェアなのはよかったのだが、自動更新が行われない上に(だから更新しないままほったらかしにしておくと、XP・SP2なのでうっとおしいアラートが出てくる(==))、手動で更新するにしても最近はサーバーに接続しづらくなっていたこともあり、何かいいフリーウェアはないかと思っていたのだった。ちなみにこのPCには元々ノートンが入っていたのだが、とっくに期限切れである。

で、しばらく前に本屋で雑誌を立ち読みしていたら、Avast!4というフリーのアンチウイルスが紹介されていたので早速導入してみた。Avast!4はHome Edition(フリー)とProfessonal Edition (製品版)の二種類があり、登録する必要があるなど少々手間がかかるが、そのままインストールしても60日間、登録してライセンスキーを手に入れれば16ヶ月間使うことができる(Home Edition)。仮にライセンスが切れても、再登録してまたライセンスキーを入手すればいいようだ。

Avast!はチェコのAlwilソフトウェア社製のアンチウイルスで、80年代から作られている有名なアンチウイルスソフトとのことだが、フリーウェア(Home Edition)であるにもかかわらず、ノートンなどと比べても機能的に遜色ないソフトだと思う(自動更新はもちろん、受信メールのウイルスチェックまでしてくれるのには少し驚いた)。助かるのはメニューやヘルプがすべて日本語化されていることだ(フリーのアンチウイルスは他にもいくつかあるが、メニューやヘルプはたいてい英語なので、操作しやすいとは言い難い)。またインターフェースにいわゆるスキンが使われていて、デザインの変更が可能など、洒落た機能も持っている。

フリーのアンチウイルスで日本語に対応しているものは、オンラインスキャンなどを除けばほとんどないとおもうので、無料のアンチウイルスを探している方にはおすすめの一品です。→Avast!4は日本での正規代理店であるジュピターテクノロジー社のHPより入手できます(ダウンロードの際は、トップページ→製品リスト→Avast! Professonalの「ダウンロード」とリンクを辿り、ページ内の説明に従ってください。)
posted by liger-one at 23:49| Comment(2) | TrackBack(0) | Mac and Windows | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月21日

産経の社説

ブラウザのブックマークの整理中に、たまたま今日の産経の社説(「主張」)を見た。産経の記事は普段はRSSリーダーぐらいでしか今はチェックしていないのだが、内容的に「いかにも産経」だなと感じたので、取り上げてみることにした。

論題は以下の二つ。

■【主張】ライブドア 市場の論理は万能なのか
■【主張】高校生意識調査 礼節ある愛国心を育もう
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2005年03月20日

テンプレート変更

ブログ開始以来、初めてテンプレートを変更してみた。ページのデザインを変えたいという考えは以前からあったのだが、今のラヴログにはあいにく自分の気に入ったテンプレートが少なく、かといって自分でカスタマイズできるだけの技量もない。そこでラヴログで使えるテンプレートを探していたところ、livedoor Blog Templatersというサイトを発見した。説明によると、少し手を加える必要があるがラブログでもテンプレートを使うことが可能らしい。ラヴログとライブドアブログが基本的には同じシステムだということは知っていたので、いろいろ見てまわった結果、Noah.Aさんの「PIANISSIMO」というテンプレート++ProjectSEED++)を使わせていただくことにした。同名のタバコがモチーフらしいが、シンプルかつ春らしくてなかなかさわやかだったのが気に入った。このテンプレートを見つけたのはしばらく前のことだが、livedoor Blog Templaters内にある注意書きを参考にして、ようやく今日手をつけることができた。
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メモ:ナショナリズム

(注)本稿は18日付投稿「メモ:ナショナリズムその他」より、『マルクス主義国家論』の引用部分までを切り離して再投稿したものです。

あることを調べるために、国家論で名高い政治学者・滝村隆一氏の『増補マルクス主義国家論』(三一書房、1974)を読み返していたのだが、そのなかでナショナリズムを取り上げた小論が収録されていたので、その内容をすこし紹介したい。昨今の憲法や教育基本法の改定、またとくに東京都での日の丸・君が代の事実上の強制など、ナショナリズムをめぐる問題を考えるにあたっては、「国とは何か」という問題、すなわち国家論は、本当ならば避けてとおることができない。昨今喧伝されている「国益」にせよ「愛国心」にせよ、いづれも「国」という概念が関わっているからである。マルクス主義における国家論・権力論の再構築を目指したのが、若き日の滝村氏が著した同著であるが、ご興味のある方は図書館等にて参照されたい。

「先ずとくに強調しておきたいことは、よく引き合いに出される<家族>主義的意識や村落の「共同体」意識、あるいは愛郷心といった<大衆>レヴェルでの<ナショナル>な意識・心情それ自体は、決して「大衆ナショナリズム」ではない、というてんである。確かに・・・、<ナショナル>なものは<ナショナリズム>の芽といえる。しかしそれは<ナショナリズム>それ自体を意味しない。・・・両者は原理的にはあくまで厳密に区別して把握されねばならぬ。」

「大衆の<ナショナル>な意識・心情が「大衆ナショナリズム」として自立するためには、あくまでその<共同体>意識が、自立的にして排他的な<民族―即―国家>意識にまで昇華・転生されねばならない。すなわち、いわゆる「支配者ナショナリズム」とは区別される「大衆ナショナリズム」といえども、<ナショナリズム>というからには、自己の生活圏=生活共同体(家・村落・郷等、それが主としてどれにあるかは、ときどきによって異なる)を起点にして観念的=幻想的に想定された「民族」=「国家」を、他の民族・国家に比べれば唯一至上の実在として考える<民族―即―国家>意識が、他ならぬ<大衆意識>のレベルで成立していることを意味している。「大衆ナショナリズム」といえども、あくまでかかる素朴な<民族―即―国家>意識としてしか成立しえないからこそ、それはつねに<民族―即―国家>を直接的に担う<民族―内―国家>や、その支配者たちの・何よりも自己の階級的な特殊利害によって裏打ちされた・赤裸々なる<民族―即―国家>主義意識によって、いとも簡単にからめとられてしまうのである。」

「かくの如く、「支配者ナショナリズム」・「大衆ナショナリズム」の如何を問わず、<民族―即―国家>主義としての<ナショナリズム>は、<共同体>としての自己(つまり民族に包摂された自己)が、何よりも他民族共同体との直接的・間接的な関係を媒介にして、観念的に対象化され、<民族エゴイズム>として排他的に押し出されることによってしか成立しえないことを、われわれはここでしかと確認しておかなければならない。」

(第U部 共同体と国家の理論 4 現代世界と国家の原理 補・ナショナリズムと国家の問題、P306-307。強調は原文、下線は原文では傍点)

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2005年03月18日

メモ:プロパガンダ

東京新聞17日付朝刊の28面にて「岐路に立つ教育基本法」という連載が組まれており、その三回目として石井公一郎氏(民間教育臨調副会長。元ブリヂストンサイクル社長・会長。中曽根内閣時には臨時教育審議会の専門委員)の記事があった。彼の主張ははっきり言えば昨今の政府や自由主義史観派など反動的な御用学者の主張と同じであり、その意味では目新しいものではないが、ひとつだけ解せないところがある。

記事の終わりの部分で、石井氏は
「基本法と憲法は数年内に改正されるだろう。日本が常任理事国になれば、責任を果たすために軍事力を発動する場面も出てくる。私は大東亜戦争で、ポピュリズム(大衆迎合主義)が戦争を起こすことを学んだ。当時戦争をあおったのは、実は大衆だった。その大衆が戦後は同じ声色で反戦平和を唱えている。すべて偽善だ。平和はもっと厳しい現実に目を向けながらつくり上げるものだ」
と主張している。「大東亜戦争」を起こしたのは大衆のせいであり、戦後の大衆の態度は「偽善」だというのである。

「人のせいにするのも大概にしろ」、だ。このご老体は、彼の言うように大衆が自発的に戦争をあおるようになるまでに至ったのは、教育勅語に代表される明治以降の徹底した教化政策のたまものだということを、寄る年波のせいかどうかは知らないが、すっかり忘れてしまっているか、そうでなければ意図的に隠している(彼の年齢で教育勅語の存在やその内容を知らないなどということはありえない)。隠したところで皇国史観にもとづくイデオロギー教育が過去に行われ、それが戦争時における観念的な原動力のひとつになったという事実は消しさることはできない。しかしながら「去る者日々に疎し」である。時代の流れとともに世代も変わる。過去に起こった事実それ自体は変えることはできないが、人々の持つ「事実に対する意識」は、実体験を持つ世代がこの世を去り、新しい世代へと移り変わる中で、多かれ少なかれ変わっていく。今の子どもたちの中には、かつて日本がアメリカと戦争をしたという事実さえ知らない子どももいるらしいのである。ましてそのような時代の状況につけこんで、自由主義史観派のように過去の誤りをことさらに美化しようとする「皇国ロマン派」が、教育の現場にまで跋扈するような時代である。ある意味では、とくに若い世代の人々の意識の中で、過去の事実が「風化」させられつつあるといえよう。

マスコミの影響力の強さは昔も今も言わずもがなである。東京新聞は「考える材料」としてこのような記事を提供しているとは思うが、人々の知識や判断力が低下させられつつあるような現在では、このような記事ですら批判的に内容を読み取るのは、ある意味困難なことなのかもしれない。

(付記)
3/19 後半部(「隠したところで〜」以降)を書き換えて増補。
3/20 『マルクス主義国家論』のナショナリズム論を本稿より切り離し、別稿として再投稿。
posted by liger-one at 01:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月17日

メモ:弁証法(『西洋科学史T』より)

最近『西洋科学史T』(シュテーリヒ著/菅井準一・長野敬・佐藤満彦訳、現代教養文庫)を読んでいるのですが、カバーの裏側に弁証法についての記載があったので、参考までに抜書き。

弁証法という用語は、ギリシア語のdialektikeに起源を持ち、対話という意味である。古来、ギリシアの哲人たちのめざしたものは、物事に絶対的基準を求めることなく、対話によって永遠に把握不可能な真理へと自らを誘うことにあった。だから、真理とは永劫に解きえないアキレウスの亀≠ナあり、事物は相対的な真理しか持ちえない。今存在していることも相対的でしかありえない。哲人たちは、陽光ふりそそぐリュケイオンの学園で、あるいはパルテノンの神殿で、把握不可能なイデアの王国へ至る道をさぐっていたのである。(「カヴァー説明」より)


ギリシャ時代の弁証法は厳密には「弁証術」というべきものですが、弁証法の起源については『弁証法はどういう科学か』でも少し触れられているので、ご参照いただければ幸いです。
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2005年03月12日

フジ・ライブドア問題の影で

今日はライブドアの申し立てによる新株予約権の発行差し止めが各紙の一面を飾っていたが、憲法改正についての見逃せない記事も出ていた。

「自民改憲試案骨子 国民に『国防の責務』」(東京新聞・朝刊)

それにしても新憲法起草委員会の委員長が森善朗元首相とは、一体どういうことなのか? 彼は「神の国」発言でさんざん問題になったような人物であることは以前も書いた。Wikipediaによると「神の国」発言は神道政治連盟国会議員懇談会の場でのことだという。神道政治連盟のHPを見てみたが、この団体の主張はどうも自由主義史観などの発想・主張と基本的に同一であるように思われる。そして彼・森氏は国会議員懇談会役員の一人(顧問)である。「神の国」発言だけでも憲法の改定などという国家の根本を揺るがすような問題からは遠ざけてもらいたいような人選なのに、そのような人物を委員長に据えた自民党の意図は明らかであろう。また、新聞では『国防の責務』についての内容は書かれていなかったが、自民党案では自衛隊を軍隊と規定している以上、徴兵制はもとより、事態によってはかつての国家総動員法さえも持ち出される根拠となりはしまいか? 気が付いたらいつの間にか徴兵制が敷かれていて「赤紙召集」なんていう時代が来ていた・・・などということにはなってほしくないものだ・・・。
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2005年03月11日

eBook版『学生に与う』

以前何度かこのブログで紹介させていただいた『学生に与う』(河合栄治郎・現代教養文庫)ですが、現在「eBook Japan」電子書籍として販売されていることを、遅まきながら知りました。

現代教養文庫は販売元の社会思想社が数年前に解散したために、ごく一部の書店を除いては目にすることも難しくなりました。しばらく前にA5版のオンデマンド版が登場しましたが(「万能書店」)、もとの文庫版に比べるといかんせん値段が高く設定されていて、少々手が出しづらいものがありました。eBook版はオンデマンド版よりも手ごろな値段なので、興味のある方はごらんになっていただければ幸いです。
posted by liger-one at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月10日

道徳教育

以下の文章は1958年に書かれたものだが、国民に道徳や愛国心が欠けていることを「度はずれ」に強調し、戦前の古い道徳を押し付けようとしている点では、今も昔も政府や自民党などが行おうとしていることに基本的な違いはないらしい。彼らは今の国民に道徳や愛国心が欠けている原因を、憲法や教育基本法に求めているが、敗戦後から現在に至るまでの政府や自民党の責任は不問にしたいらしい(このような傾向を「客観主義」とよぶ)。

ところで自民党の代議士が強制わいせつ容疑で逮捕されたとのことだが、酔っていたとはいえ、一体何を考えていたのだろうか。

「道徳の必要を否定する人はありません。学校で何らかの道徳教育をする必要があることを否定する人もないでしょう。それにもかかわらず、文部省〔現・文部科学省〕が示した道徳教育の案に学者・教員組合をはじめ多くの人が反対するのは、いまの青少年に昔の道徳をまた押しつけようとする腹があるからです。昔の日本人は、天皇のために戦場に行ってよろこんで命をすてたし、どんなにまちがったことを云われても親のいいつけには従いました。それが道徳的に正しいと教えられていたためでした。この封建的な道徳は、いまの日本では通用していませんが、昔の道徳を正しいものと信じている頭の古い人たちや、昔の日本に帰したいとのぞんでいる政治家たちは、いまの青少年には道徳がなく愛国心も孝行も欠けていると強調し、昔のような国民にするために、よろこんで戦争に行く青年をつくりだすために、急いで道徳教育をはじめました。それゆえ、民主的教育の破壊を意味するものとして、反対の声が高まっています。」
(略)
「・・・利害の対立する集団では、一方にとっての善は同時に他方にとっての悪を意味します。ストライキをするのは労働者の生活を擁護するためであって労働者にとって善であり、資本家の利益に反するために資本家にとって悪とされている。ところが、資本家階級の利益をはかる政府は、これらの具体的な条件について語ることをさけ、一般化し、国民全体にとっての悪であるかのように『度はずれ』に宣伝します。愛国心とか国を愛するとか云っても、実は自分たちの利益を愛しているので、国民を愛し国土を愛しているわけではありません。・・・詐欺師がわれわれの財産をとりあげるためにだますのは悪であっても、われわれが財産を詐欺師から取りかえすためにだますのは善であり、これも条件がちがえば同じ行為も反対の性格を持つこと、具体的な条件をはなれて道徳を論じてはならないことの証明です。」
(「4 社会の集団はそれぞれ自分たちの道徳を持っている」、『弁証法をどう応用するか』P133-136より)

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2005年03月09日

無題

昨日今日と暖かい日でしたが、春も近いようですね。
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2005年03月08日

「近隣諸国条項は自虐史教育」

「近隣諸国条項は自虐史教育 下村文科政務官が批判」(gooニュース/共同通信)

自虐史観なる奇妙な造語とマルクス主義がどうしてつながるのかと不思議に思っていたのだが、下村氏本人がわざわざその関係を語ってくれたことに一応感謝したい。

いわゆる自虐史観を謳う人々は、「戦後の歴史教育教育=アジア諸国に配慮」ということと、「アジア諸国(主に中国と思われる)=共産主義国家=マルクス主義」(このような理解自体、実際は不正確なのだが)ということで、「戦後の歴史教育はアジア諸国(中国等)のマルクス主義の影響を受け、毒されている。これは自虐的ではないか
!」と、脳内妄想で「直結」させているのであろう(無論、「自虐史観」とされる論拠はこればかりではないだろうが)。こういう頭脳活動を「短絡的」という。あるいは「あるものを否定し、ないものを説明する」(ルソー)という。

別にマルクス主義系の歴史学者でなかろうと、事実を冷静に見極めようとする誠実な学者ならば、現実を正しく把握しようと努めるであろうし、その結果、研究の内容がたとえ「自虐的」に見えようとも、それを隠したり歪曲したりはしないであろう。ところが自虐史観を唱える学者や政治家は、いまでは見る影もなくなったことをいいことに、マルクス主義をわざわざ引っ張り出してきて「敵」として仕立てている。かつてベルリンの壁が崩壊した時には「イデオロギー対立の終焉」だとかマスコミ等で散々喧伝されていたものだが、どうも自虐史観を唱える人々は、その対立を終わりにはしたくなかったらしい。彼らは何か都合のよい「敵」がほしかったらしい。

おそらくマルクス主義と全く関係のない立場の学者の研究でも、「自虐史観」とのレッテルを貼りつづけることだろう。もっとも彼らが「敵」なしにはその存在意義を保ちえないというのも、彼らの根本的な立場の弱さをあらわしているようなものだが。
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2005年03月07日

無題(『現代教育科学』2005年3月号の目次を見て)

三浦つとむの年譜を見ていて『別冊現代教育科学』(明治図書)について調べようと思い検索をかけたのだが、出てきたページの内容を見たら、目次を見ただけでその意外な内容に驚いてしまった。「特集 『愛国心・公共の精神』授業での扱い方」とのことですが・・・『現代教育科学』って右翼雑誌じゃないですよね?(汗)。それともそのような考え方の先生が現場に増えてきているということでしょうか?

教育ついでにもうひとつ。

「新しい歴史教科書・改訂版、歪曲が一層悪化」(朝鮮日報)

このニュースもたまたま見たもので、数年前はこの教科書の採用で散々もめたはずなのだが、このことを報じた日本のメディアはあるのだろうか?Googleのニュース検索でも少し見てみたのだが、このことを報じた日本のニュースは見受けられなかった。

それにしても、あまりにも物事が一方的に進みすぎるのは、どうにもおかしすぎます・・・。
posted by liger-one at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月06日

Masic on PC

去年から手品が流行っているが、私も昔々手品に熱中したことがあったので、先日久しぶりにトランプを買ってきて、少し練習しようと思っている。

ところで手品についてネットで調べていたら、こんなページに出会った。

トランプ手品

Archery City」というサイトの中のページなのだが、非常に良くできている。このPCマジックは頭の体操にも最適かと思います。
posted by liger-one at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月05日

ブラウザ(2)ブログの閲覧について

この間評判のFirefox1.0をダウンロードして、試しにこのページを見てみたのですが(実は0.8の時もダウンロードしていたのですが、削除してしまいましたので)、フォントがかなり小さく表示されることに気が付きました。Netscape7.1でも同じように表示されたので、どうもこれはMozilla系(Geckoエンジン)共通のようですが、ただでさえ文字ばかりのページが、さらに読みづらくなることがわかりました。すみません、いままで気が付きませんでした(汗)。そういえばOpera7.5も、今見たら文字表示が小さかったです・・・。ううむ(==;)。

Mozilla系ブラウザやOperaなどで閲覧される場合は、初期設定のフォントサイズをデフォルトから少し大きめに設定したほうが良いようです。なお、MacではIE5とiCab(2.98)で確認していますが、両方ともサイドバーがかなり下のほうにずれ、フォント表示もMozilla系のように小さめになってしまうようです。

Mozilla系にせよMacのブラウザにせよ、文字が小さめに表示されるのはWindowsのIEを基準にしているためでしょうか(最初から本文のフォントを大きくしておけばすむという話も無きにしもあらずですが(汗)。)
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2005年03月04日

iTunes 1.1 with PowerBook 1400(MacOS 8.6)

昨日、なぜか唐突に「1400にiTunesをインストールしたい」という欲望に駆られ(XPにはすでに4.7.1をインストールしているが)、早速ネット上を調べ始めた。これはその時の状況についてのメモである。
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posted by liger-one at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Mac and Windows | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人権擁護法案

人権擁護法案 与党案通り再提出(東京新聞)

今日の一面のトップ記事(武富士関連株の申告漏れ)の斜め下に小さく出ていた記事(30面にも関連記事がある)。2003年に一度廃案になったものを、法務省がまたぞろ持ち出してきた。内容は与党(自公)の方針通りのものがそのまま国会に提出されるらしい。人権委員会(仮称)なるものが法務省外局とされることや、かのメディア規制条項が削除ではなく「凍結」扱いになっていること(削除されなかったのは政界の要望とのこと。凍結解除法案の成立で「解凍」すなわち解除可能になるらしい)など、相変わらず問題含みの内容のようだ。同じ「人権」でも、「国民の人権」というよりは「政治家とその関係者の人権」を「擁護」したいのだろう。

ところで日本ではここ数年、いったん廃案に追い込まれた法案(特に問題性の高い法案)でも、数年間をおいて提出されるとすんなり通されてしまうことが多いような気がする。国民は政府になめきられている、ということか。
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2005年03月02日

戦争なるもの

「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」という言葉がことわざにあるが、60年前に「骨身にこたえて知っ」たはずの苦しみも、今の日本(日本人)は、自国(自分)の惨めさを愛国ロマンで慰めることに熱中するあまり、60年前の苦しみも反省もすっかり忘れてさられそうになっている感がある。問題の原因を外部(他国など)に求め、自国の問題は棚上げしようとする態度は「客観主義」といえよう。これで「国家」(それも天皇制宗教に基づいて理想化された空想の、だ)に対して誇りを持てというのは虫が良すぎるというものだ。

「マルクスは南北戦争を「全労働階級の利益に役立つ」ものだといいました。・・・戦争には、これと全く反対の性格をもつ戦争があります。日本が起こしたあの侵略戦争はそうです。この戦争は、日本の軍国主義者とその仲間が、一部の階級の利益のために多くの人民をあざむいて、口に正義をとなえながら外国を侵略した戦争でした。この戦争は中国の、フイリッピンの、蘭領インドの、ビルマの、そのほか多くの地方の人民を殺し、地獄の苦しみを与えました。日本の人民がどういう生活になげこまれたか、わたしたちは骨身にこたえて知っています。何人がこの戦争で利益をえたかも、今ではあきらかになりました。平和といっても侵略者の思いのままにさせる平和と侵略者のいない平和とあるように、戦争にも侵略者のやる戦争解放者のやる戦争とがあります。問題は「戦争をする」ことではなく「どんな」戦争をするかにあるのです。働く人たちの利益に役立つ、解放のための戦争にしても、やはり悲惨なできごとにちがいはありませんが、この戦争によってヨリ大きな悲惨が姿を消すことを見失ってはなりません。もちろん、戦争をしないでこの大きな悲惨が姿を消せば、これにまさる喜びはありませんが、正義のためにやむなく戦わねばならぬことも起こるのです。・・・戦争がどういう性質のものかをしらべることなしに、戦争の当事者を平和の敵として同一視してはなりません。平和国家への侵略もあれば、侵略者の仲間げんかもあります。このアメリカに起こった内戦を理解することは、今中国に起こっている内戦を理解する上にも、たいへん役に立つでしょう。」
(『哲学入門』、強調は原文)

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