2005年12月31日

iMacG5/iPod5G(Apple)

iMacG5今年も残すところあと1時間を切り、2006年も間近である。

昨日も触れたように、昨年の大晦日は「Mac Driver Museum」の話を書いていた。今年もMacの話題で締めくくろうと思っているが、すでに題名でお分かりの通り、今年のテーマは念願だったOSXマシンの「iMacG5(iSight)」と「iPod5G」である。

■iMacG5(iSight)
iMacG5に関しては、実は相当に迷った。Mac miniやiBookG4の方が安上がりで場所をとらないからだが、Mac miniは本体は小型でもモニタが別途必要になることや、iBookG4はモニタ(液晶)の質がどうしても気になってしまい、結局画面の美しさが決め手となってiMacを選ぶことにした。サイズは17インチ、クロック周波数は1.9GHz。店頭で見ていたときは結構小さく感じていたのだが、自宅で使ってみると想像以上の画面の大きさに驚く。もともとXPマシンのモニタが15インチだったので、そう感じるのも当然かもしれないが、ワイド液晶のせいか仕事場の17インチモニタと比べても広く感じる。モニタ下の余白のせいで画面が小さく見えるかもしれないが、使用上は全く気にならない。

シングルプロセッサでもさすがPowerPC G5だけあって、描画エンジン「Quartz Extream」を駆使した画像処理の美しさには目を見張るものがある。フォントのアンチエイリアスはシステムフォントのOsaka(大阪)でも十分美しいと感じるし、各種アニメーション例えばDock(アプリケーションランチャーを兼ねた、Windowsのタスクバーにあたるもの)の「ジニー(魔人)エフェクト」(Dockに吸い込まれるように最小化される画面効果)や「Dashboard」「エクスポゼ」も実にスムースに動く。PhotoShopのような処理の重いアプリケーションの場合は不明だが(旧バージョンしかないため)、「iLife'05」をはじめ日常で使う分には申し分ないと思う。

ただグラフィックを多用した処理が多い分、例えPhotoShopを使わなくとも物理メモリは十分に積む必要があろう。WindowsXPもそうだが、これらのOSはグラフィックの美しさに重点を置いているために、物理メモリが少ないと動作速度が低下する上、特にXPでは実感としてアプリケーションの動作が不安定になるようだ。次期OSの「Vista」もXP以上にグラフィックに重点を置いているようなので、消費メモリの増加傾向は今後も続くことだろう。iMacの物理メモリは標準で512Mバイトだが、私の場合はちょうどキャンペーン中だったこともあり、メモリが安く手に入ったので、iMac購入時に増設しておいた。メモリ自体、数年前に比べると驚くほど安価になっているので、予算が許せば1Gバイト以上はあった方が安心して使えるのではないかと思う。キャンペーン等を狙うのも手だろう。

ハード面で残念なのは、旧モデルと比べて全体的にスリムになった反面、最初のiMacG5を見たとき非常に画期的だと感じた「内部構造へのアクセスの容易さ」が失われてしまったことだ。メモリは取り付けが容易になったが、ハードディスクにアクセスするためには前面の液晶部分を外さなければならないらしく、自分で手を加えるには少々面倒になってしまった。iMacは17インチモデルでも標準で160Gバイト(20インチは250Gバイト)のハードディスクを内蔵しているので、普通に使う分には十分だと思うが、画像、特に動画を撮りためるような用途に使うなら、BTOで増設しておいた方がよいと思う。

付属のソフトではまだすべて試したわけではないので、ここでの詳細は控える。ただ、付属の日本語入力プログラム「ことえり4」は、OS8・9時代の「ことえり」とくらべ格段に進歩している(・・・と思う)が、それでもどうも変換がイマイチなので、やっぱり「ATOK2005」(ジャストシステム)を買ってインストールしようかと思っている(ちなみにクラシック環境には手持ちのATOK14をインストールした(注))。入力ブログラムの変換効率が悪いと、特に長文などは打つたびにイライラしてくるので、「ことえり」に不満がある場合は市販の入力プログラムを用意した方がよい。ちなみにMacではATOKのほか、エルゴソフトの「EGBRIDGE」シリーズがある。ATOKにはWindows版もあるが、EGBRIDGEはMac版のみである。

(注)投稿後に知ったことだが、ATOKシリーズはOS8/9対応を謳っている旧バージョンでも、クラシックには未対応らしい(http://www.justsystem.co.jp/os/macosx/index.html)。一見「ことえり」から切り替えて使えるように見えるが、例えばOffice2001などを起動しようとすると瞬時に落ちる。いわゆるコンフリクト(機能拡張同士が干渉して不安定になる現象)を起こしているようだが、アプリケーションによっては起動可能なものもあるらしい。

ラヴログ関連で一言触れるなら、付属のブラウザ「Safari」では投稿画面にある簡易HTMLエディタボタンでのタグ付けがうまくいかないようで、選択部分にタグを施そうとすると、タグがすべて「本文」枠の最下部に移動してしまう。Sleipnirでは問題なかったのだが、なぜ?(==;)

初めてのOSXマシンなので、正直なところ細かな操作の点でまだ慣れない部分があるが、「MIghty Mouse」「Apple Remote」がバンドルされていることや、この性能でこの価格ならコストパフォーマンスも十分だろう。今後が楽しみなマシンである。

■iPod5G(video)
いわゆるビデオiPodまたは第5世代iPod。最初はiPod・nanoにしようかと思っていたが、第5世代になってかなり薄く軽量になったことや、外付けハードディスクとしても活用することを考えて、結局30Gバイトモデルにした。

iMacと同じポリカーボネートのボディや裏側の鏡面仕上げはさすがのものだが、その反面傷つきやすいので、きれいに使うならケースやフィルムなどであらかじめ保護しておいた方がいいと思う。

またクリックホイールの使いやすさは抜群で、携帯電話すら同じ感覚で操作しようとしてしまうことさえあった。問題があるとすれば、付属のゲームの操作が少しきついくらいだろう。

音質については、それほどこだわりがあるわけではないことや、旧iPodを持っているわけではないのでなんともいえない。ただ本などを読むと、付属のイヤホンの品質があまり良くないようなので、いずれ検討してみようとは思っている。また、いまのところ動画やポッドキャストは試していない。これも今後のことになる。
posted by liger-one at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | Mac and Windows | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

晦日(Misoka)

■2005年も残すところあとわずか。仕事納めも済み、ささやかな冬休みを過ごしています。風邪気味は相変わらずです。

■政治はこの一年でますます悪化してしまいました。ひどいもんです(==)。秋の衆院選はその象徴でした。PR会社が練った「IQの低いB層」狙いの戦略や、世耕弘成率いる「コミュニケーション戦略チーム」という自民党の煽動/宣伝チームの存在もさることながら、自民党に投票した人は、そもそもいわゆる「保守」政党であるはずの自民党が「改革」を謳うこと自体、奇妙なこととは感じなかったのでしょうか? 第一「保守」=「現状維持」ですから、いくら「改革」を声高に叫んだところで、アメリカ政府や経済界の機嫌を損ねるような「改革」など、そもそもあり得るはずもないことは、最近では米国産牛肉の輸入再開など、今年のニュースがそれを裏書きしています。

こんな調子で衆院選よろしく、「二匹目のドジョウ」=国民投票法案で憲法の「抹殺」を狙っているのでしょう(たまったものではありませんが)。自民党は「憲法改正」を謳っていますが、あれは事実上の新憲法=「自民党憲法」の制定が目的です。「新」憲法といっても、せいぜい新しいのは衣装だけで、中曽根康弘が最初に執筆した前文に象徴されるがごとく、中身は明治時代方面に逆行した古くさいオヤヂ精神(==)=ロマン主義に満ちあふれています(あとで前文が書き換えられたことに彼は不満だったようですが)。ロマン主義は文学史ではおなじみの言葉(イデオロギー)ですが、かつてのドイツにみられたように、政治方面に浸透すると反動的で危険な面を呈すると聞きます。いまの日本がまさにそれですが、過ぎ去りし過去に栄光を求めるのは、少々きつい言い方になりますが、今の自己の惨めさの裏返しにすぎません。ホッファー風に言えば、「過去」が「今の自己の身代わり」です。この改憲容認の風潮をどう食い止めるべきか……?

■一方、経済は回復傾向にあるようですが、自民党政府は増税傾向を明確に打ち出しており、油断ならないように思えます。ただ、私自身はいつもの年よりはましな正月を送れそうな気はしています。

「逆累進課税」とも言うべき消費税が上がれば、また消費は冷え込むでしょう。特定の層(サラリーマン)を狙い撃ちする増税に比べれば、消費税のほうがマシ(公平)だと思っている方もおられるようですが、消費税はパーセントが一律(固定)なのですから、消費の割合が同程度であれば、低所得であればあるほど税負担が重くなるのは当たり前の話です。また消費税は基本的に、<その人間がどんな状態であるかに関わらず>負担させるのですから、その意味では確かに「公平」です。これは資本主義社会における物質的な生活の生産様式のありかたと関係しています。

■懸案の歯の治療もこの一年でかなり進み、ようやく佳境です。インプラント(人口歯根)や笑気麻酔など特殊な治療を除いて、時に激痛に耐えつつ、抜歯やらブリッジやらいろいろな治療を受けてきたように思えます。また、治療と平行して歯科衛生士の方の指導も受け、歯磨きの技術を改善しました。自分ではしっかり磨いているつもりでも、検知液で調べてみると意外と磨き残しがあるものです。これらの治療で、保険の範囲内とはいえ、かなり散財しました、ええ(;==)。ただ苦労した甲斐あって、一年前に比べ、口の中の状態も相当に改善されたのは事実です。

■ところで、今もたまに歯関連で検索を掛けてこられる方がいらっしゃいますが……前にも書きましたが、歯の治療にはとにかく早よ行ってください。虫歯だけはほっといても絶対直りません。あの不快な痛みは仕事にも勉強にも影響大です。バファリンのような頭痛薬は歯の鎮痛剤としても効きますが、薬によっては必要以上に飲み過ぎると胃を荒らす場合がありますので、注意が必要です。即効性を期待するなら「新今治水」を虫歯に直接塗った方がいいと思います。もっとも、どちらも重症になればなるほど効きにくくなりますので、あくまでも一時しのぎです。ただ、歯医者は相性の問題や、個人的にほかの医者と比べてヤブ率が高い(ような気がする(;==))ので、ネットでも口コミでも情報を集めるにこしたことはないとは思います。なお、どーしてもドリルも麻酔も、わずかの痛みさえ絶対イヤじゃ〜(@@;)、という方には、東京の「池袋じゅん歯科」のような、高度の無痛治療(「完全無痛麻酔」)を行っているところもあります。でも、それすら嫌なら…あとは大学病院で全身麻酔くらいでしょうか(==;)。

■明日の話になりますが、昨年の大晦日はMacの話を書いていました。今年もMacの話で締めくくろうかと思っています。1400の話ではありません。まだ使い勝手は十分ではありませんが、実はこの記事(下書き)もすでに「それ」を使ってあるエディタで書いています。使い勝手の点でまだ手を加える必要はありそうですが、それは追々していきたいと思っています。
posted by liger-one at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

エディタ生活(3)エディタ関連リンク

サイドバーにエディタ関連のリンクを追加しました。

洛西一周のホームページ 2005
「紙2001」「紙copi」の作者・洛西一周氏のホームページ。旧版を使用されておられる方は、セキュリティー対策も含め、新版へのアップグレードをおすすめします。

Kamilabo.jp
ユミルリンクが運営する「紙copi」の販売サイト。従来のダウンロード版のほか、CD-ROM版の販売も開始しています。

秀まるおのホームページ 
「秀丸エディタ」の作者・秀まるお氏のホームページ。Windowsの定番エディタです。

araken のホームページ
「秀丸」に並ぶ老舗の高性能エディタ「QXエディタ」「QTQlip」の作者・araken氏のホームページ。Qを愛する方にも。

Welcome to YokkaSoft
「NoEditor」「YokkaGrep」の作者・Yokka氏のホームページ。かなりまめに更新されておられます。

ライトウェイ・ページ
「LightWayText」「iText」の作者・山下道明氏のホームページ。MacWinな方に。

Artman21 Top
「Jedit4.0」「JeditX」の開発元・アートマン21のホームページ。Macの定番エディタです。

mi
「mi」(旧ミミカキエディット)作者・上山大輔氏のホームページ。「気の利いた」Mac用定番エディタです。

未來社(未来社)
老舗の人文・社会科学系出版社・未來社のホームページ。ここはその昔、「社会科学ゼミナール」というシリーズでディーツゲンの『頭脳活動の本質』を出していたこともあります。

サイト内の「未來社アーカイブ」には、同社社長・西谷能英氏の手による「出版のためのテキスト実践技法」が公開されており、エディタ選びや「QX」「秀丸」のカスタマイズの参考にさせていただきました。

また西谷氏は、「出版のためのテキスト実践技法 (執筆篇)」「同(編集編)」や「編集者・執筆者のための秀丸エディタ超活用術」など、テキストエディタ関連の著作も発表されておられます。秀丸ユーザーや初心者には、Windowsの基礎知識も学べる「超活用術」がおすすめですが、中・上級者やQXユーザー、またMacな方には「実践技法」も参考になります(特に正規表現やSED(ストリームエディタ)を駆使した検索・置換の技法・マクロ)。
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2005年12月18日

「週のはじめに考える」(東京新聞・社説)

ひさしぶりに東京新聞の社説(「未来に向かって足元を」)を読んだが、なかなか興味深かった。「週のはじめに考える」とは、日曜など週初めに掲載される社説の副題で、通常は二つある社説のスペースが、一つのテーマに対して丸ごと使われている。また敬体(ですます調)で書かれていることも大きな特徴であり、社説らしからぬ社説ともいえる。だが表現のありかたに反して、説かれている内容は重要であり(肩の凝らない内容のものもあったりするが)、機会があればHP等でぜひ目を通してもらいたいと思う。三浦つとむよろしく内容のレベルを落とすことなく、かつやさしく・わかりやすく説くというのは、想像以上の難事ではあるが、それだけの価値はある。

先進的だったワイマール憲法が葬り去られナチスが台頭していく時代のドイツのあり方と、ここを先途とばかりに小泉自民党が台頭し、戦後日本のありかたが全否定されようとしている現代の日本のありかたが比較され、現状に対し警鐘を鳴らしている。ただ「先の総選挙で、小泉政治の被害者とも言えるそんな若者たち(注・フリーター、ニートなどのこと)が自民党を後押ししたのは皮肉です。際限のない自由は隷従をもたらす−という哲学者の言葉が思い出されます」とあるが、これは先の衆議院総選挙のありかたが、反動的・右翼的な大衆運動としての性格を帯びていると理解したほうがよいのではないかと思われる。

……大衆運動は、とくにその活動的でかつ狂信的な段階では、……自己が見捨てられている状態から何とか脱出しようとしている人びとにとって魅力があるのである。大衆運動は、出世の欲求を満足させる能力があるからではなくて、自己放棄の激情を満足させることができるからこそ、追従者を引きつけ、引きとめているのである。……

大衆運動は、欲求不満をもつ者に、自我全体の身代りを提供するか、そうでなければ、欲求不満を持つ者が自分自身の個人的資質からは呼びさませないけれども、人生に生きがいを与えるはずの要素に代るものを提供する。
(エリック・ホッファー『大衆運動』、第二章 身代りを求める欲望・7)

自分自身が優秀であると主張する理由が薄弱になればなるほど、人はますます、彼の属する国家、宗教、人種、あるいは神聖な大義が、優秀極まりないと主張する傾向がある。
(同・9)

posted by liger-one at 22:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

何様のつもりだ(+==)

<召集令状>生徒に配り、「非国民」批判も 福岡の中学教師(Yahoo!ニュース - 毎日新聞)

これでは「教育」ではなく「狂育」である。件の教師に「非国民」と断じられた生徒たちのほうが、教師よりもよほど理知的であることを思い知らされる。

■日本国憲法・第3章・第19条<思想及び良心の自由>

「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」

■教育基本法・第3条<教育の機会均等>

(1)「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えねばならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分によって、教育上差別されない。((2)は省略)」(強調はliger)

posted by liger-one at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月08日

師走(Shiwasu)

■12月になって一気に寒さが加速している。寒すぎ(;==)。

■年末進行で多忙ということもあり、あまり考えをまとめる時間をとることができない(気が乗らないこともあるが)。とはいえ書きたいことは、いくつかある。

・著作権
・差別語
・三浦科学論

著作権の問題は先日菜園チスト氏が取り上げられておられたが、著作権と差別語の問題は私も多少なりとも関わっているために、いずれ取り上げたいとは思う。ただ著作物は本質的には社会的な性格を持つものであることを、ここでは指摘するに留めたい。著作権も著作物の性質に規定さるべきものではあるが、現行の著作権法がこの意味で妥当性を持つかどうかはまた別の話である。三浦科学論とは「論」というには少々大げさかもしれないが、三浦つとむが著作中で展開している「科学」に関する記述への考察である。ただし、投稿時期は未定。いずれも、今のところはイメージ程度でしかない。

■「QRコード」のプラグインを追加してみた。あまり携帯でネットを閲覧することもないので利便性はいまいち実感できないが、ものは試しである。

■リンク集を作り直す予定。ブログはラヴログ関係の追加のほか、ラヴログ以外に普段RSSリーダーで見ているもの、またオンラインソフト関係のリンクもいくつか追加しようかと思う。現在のリンク数よりもかなり増えるはず。作業は年内中のどこかで…の予定。

■というわけで、今日はもう寝ま。

posted by liger-one at 01:41| Comment(1) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月04日

ようやく

アップル社の某製品を手に入れた。1400のような中古ではなく、全き新品である。安くはないが、いろいろな使い方ができそうで今後が楽しみである(詳細はそのうち)。ちなみにアップルからは近日中にあと一つ買う予定。とうとうWindows環境から乗り換えられるかも?
posted by liger-one at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

規律と規約の混同−『指導者の理論』より

『指導者の理論』第二部・第三章・「三 規律を創造し維持すること」(P149-150)より抜粋。抜粋部分を読むに、規律と規則の混同によって、改憲論者・保守主義者は二重の誤りに陥っていると思われる。すなわち現代日本の秩序悪化の原因を日本国憲法や教育基本法に求める不当攻撃への道と、憲法改悪や共謀罪などの法規制強化による中央集権的な国家への道である。これは上記の「規律」を「社会秩序」に、「規約」を「法」に読み替えただけに過ぎないが、まこと、「両極端は一致する」(エンゲルス)わけである。

規律を守るとは規約に忠実なことだというのが、もっとも広く行きわたっている誤解である。規約は規律の一部分にすぎないし、……現実は流動し変化しているのに、規約は文章として客観化され固定されているから、現実の必要と規約とがくいちがうことが起りうるからである。……

規律を守ることと規約に忠実なこととを混同すると、規律の維持のための努力は規約に忠実であれと強調することになり、規律の強化は規約に新しい条文を加えたり処分の規定を重くしたりすることになる。維持も強化も、指導者側からの一方的な働きかけと強制力の増大になってしまう。そこには規律の本来の目的であった、仕事を遂行するという問題、そのために組織に参加している人たちの協力の体制を創造し維持するのだという主体的な条件がぬけおちている。

……根本的には正しい指導こそ規律を維持し強化するための基盤であって、これを欠いてはどんなに規律を守れとよびかけようと、条文を変えようと、処分を重くしようと、規律を維持することはできず、組織は弱体化しくづれていく。したがってこのような場合に、規律が乱れたことに対する責任は、まず第一に指導者が負わなければならない。(強調は原文、オレンジの強調はliger)

posted by liger-one at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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