2006年04月29日

4月末=GW直前

■早くもゴールデンウイークを迎える季節になった。今年は前半は天候が崩れそうだが、5月以降は文字通りの五月晴れが望めそうである。もっとも祝日の間の平日は仕事なので、最長9連休などは無理な話だが、それでも天気が良いに越したことはない。

■ところがこういうときに限って不快なニュースが飛び込んでくるからやるせない。

・「共謀罪」法案、28日の採決取り下げ(TBS・News i)
・教育基本法改正案を閣議決定、継続審議の可能性も(アサヒコム)
・自民部会、防衛庁「省」昇格法案を了承(アサヒコム)

教育基本法の改悪も防衛庁の権限強化も問題だが、特に問題なのは「共謀罪」である。見出しを見ての通り、自民党は本来、今日(28日)の採決を目論んでいたのだから。強行採決されていれば、「600以上の犯罪を対象に、その犯罪を実行しなくても、計画を合意しただけで処罰される」(京都新聞「京都弁護士会は共謀罪に反対 衆参法務委員に送付」)ことが合法化されていた。無論、強制採択の危険が去ったわけでは決してない。民主党は修正案の提出を図ったが、それでも615→300である(アサヒコム「民主、共謀罪の修正案提出へ 国際的犯罪に限定」)。また、同時提出されている「サイバー取締まり法案」は、「令状なしでプロバイダーにログの保全を要請できる制度などを創設する」(HotWired「共謀罪・サイバー取り締まり法案、3たび国会提出――犯罪を共謀しただけで罪?」)というもので、この法案と共謀罪とが現在に至るまでセットで提出されてきているのは意味深である。つまりこれは、ネット上でも「共謀罪」が適用されかねないことを意味している。

共謀罪の影響は先般問題になったPSE法(電気用品安全法)の比ではない。当人が法案の中身を知っていようがいまいが、その厄災が誰にでも降りかかる可能性があるのだから。

■それでも「共謀罪ってなあに?(’’)」という人は、以下のリンクを参照してくださいまし。

・共謀罪(キョウボウザイ)ってなんだ?:クイズや4コマ漫画などで共謀罪をわかりやすく解説。(http://kyobo.syuriken.jp/
・政府が執着 『共謀罪』とは(東京新聞3月31日付「特報」)(http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060331/mng_____tokuho__000.shtml)
・きっこのブログ:最新記事(27日)のテーマが共謀罪。おバカマスコミはなんとかならんのか(==;)(http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/)

■ところで先日、アップル純正のオフィススイート「iWork'06」を購入した。気になる点をいくつか。
・AppleWorksやWordと比べても、どうもオブジェクトの取り回しが少し重いように思える。
・作表時、計算機能を使うときに表示される行・列の見出しが文字化け。修正できるのだろうか。
・知ってはいたが、Pages2の縦書きは05同様不可(テキストボックスに文字を流して縦長に変形すれば、タイトル程度なら作れる。)もっともアップルのマーケティングの性質上、縦書き対応は予定があっても相当後回しにされるだろう。ちなみにAppleWorks(旧クラリスワークス)が縦書きに対応したのは、クラリスワークス4以降である。またビジネス文書統合ソフトのクラリスインパクトは、横書きのみに対応していた。
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2006年04月23日

今日の選挙−千葉7区補選と岩国市長選

注目されていた衆議院千葉7区補欠選挙と岩国市長選挙の投票。投票はどちらも午後8時で締め切られ、深夜には大勢が判明するというが、結果の判明は岩国のほうが早かったようだ(東京新聞「旧岩国市長の井原氏が当選確実 新・岩国市長選」)。あとは千葉の補選の結果を待つばかり。

それにしても、千葉7区の補選で、自民党候補の応援のために武部勤が自分で考えたという「サイ・トウ・ケーン!」のキャッチフレーズ(?)は、いくらなんでも有権者に対してあんまりな気がする。あれにつられて投票する人はいたのだろうか(;==)。
posted by liger-one at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

狂暴な共謀罪ふたたび

21日に共謀罪の審議再開 衆院法務委、野党は反発 - (Yahoo!ニュース:共同通信)
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060418-00000203-kyodo-pol)

記事によると、野党の反対にもかかわらず、審議再開の決定を「与党の賛成多数で決めた」という。自民党は何が何でも国民を規則でがんじがらめにしたいらしい。これと愛国心教育の「2点セット」がそろえば、戦争のための下準備は整ったも同然である。愛国心教育で国家意志に自ら進んで従う人間を作り出し、反対者は共謀罪で処罰する。「規律を守る」と「規則を守る」との違いすらよくわからない人々が多いのだから、共謀罪の適用を「合理的」と解釈する人も少なくなかろう。かくして数年も経てば、現代版「天皇を中心とした神の国」(森喜朗)が復活するわけである。故・深作欣二監督の映画『バトル・ロワイアル』で映し出された映像は、近未来の日本で繰り広げられる光景・・・かもしれないのだ。

ところで、数日前からブログの副題に、ドイツの作家・トマス・マンの言葉を引用しているが、彼は戦後アメリカで行った演説で、「自由」について次のように語っている。

自由(フライハイト)は、政治的に解釈すると、何よりもまず倫理的政治的概念であります。内部において自由でなく、自己自身に責任の持てない民族は、外的な自由に値しません。そのような民族は、自由について共に語ることはできません。そして、彼らがこの響きのよい言葉を用いる場合には、その用い方は間違っているのです。(トマス・マン『ドイツとドイツ人』、岩波文庫、強調は引用者)


彼はドイツにおける「自由」について、「世界との、ヨーロッパとの、文明との関係における反抗的な個人主義が、内部においては、奇異の観をもよおすほどの不自由、幼稚さ、鈍感な卑屈さと両立していた」(同上)とも語っているが、このドイツ的「自由」の極限がナチズムとなって結実するに至ったことは、彼の著書を読まずとも容易に想像がつこう。「自由」のために「自由」を失うとは、誠に皮肉な話である。

年々「内部において自由でなく」なっていく日本は、この先一体どうなってしまうのだろうか。
posted by liger-one at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂暴な共謀罪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

妥協と詐術ー教育基本法と愛国心をめぐって

「教育基本法改正 自公、愛国心の表記合意」(東京新聞 04.13)

記事によると、この問題の最大の焦点の一つだった「愛国心」の表記を、「『伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う』」(「教育基本法改正検討会」座長・大島理森元文相の案)とすることで、自民・公明の両党間で合意したという。

この記事は朝日・毎日・読売・産経でも取り上げられていたが、他紙よりもいち早く社説を掲載したのは読売である。社説は「教育基本法の改正は時代の要請」だとして、改正の根拠についてこう述べている。

戦後間もない1947年に制定された現行法は、「個人の尊厳を重んじ」などの表現が多い反面、公共心の育成には一言も触れていない。制定当初から、「社会的配慮を欠いた自分勝手な生き方を奨励する」と指摘する声があった。

青少年の心の荒廃や犯罪の低年齢化、ライブドア事件に見られる自己中心の拝金主義的な考え方の蔓延などを見れば、懸念は現実になったとも言える。


最近は「自己中心的な拝金主義的な考え方」の象徴の如くライブドア事件を持ち出す傾向があるが、ことあるごとに保守派のイデオローグから指弾される堀江貴文もさぞや鬱憤がたまっていることであろう。

それはさておき、この社説では、教育基本法の運用の「主体」である文部省(文部科学省)の責任は一切論じられていないが、論説委員は基本法が勝手に我々を教育してきたとでも言いたいのであろうか。基本法も、物言わぬことをいいことに、自分たちの無能を棚に上げて罪をすべて背負わそうとは、さぞ無責任な話だ思っていることであろう。とはいえ、この話は「右翼のタワゴト」として片付けるわけにもいかない。戦後教育になにがしかの欠陥があったことそれ自体は認めないわけにはいかないからである。

戦後教育の原点はアメリカである。敗戦当時、アメリカを中心とした連合国は、軍人勅諭・教育勅語に象徴される天皇制教育を日本から排除する一方、アメリカ流の経験主義的な教育方法と民主主義の概念をもたらした。当時の日本人は天皇主義的思想を言葉の流行とは裏腹に、この「民主主義」は「具体的な思想として理解されたのではなくて、いままでの古いものを否定することであるかのように解釈された。したがって、過去の規律・慣習・束縛を一切認めないのが民主主義ということになり、自分のやりたいことをやらせないのが封建的だとされ」た(高木宏夫『日本の新興宗教』)。これでは民主主義というより、行き過ぎた自由放任主義あるいは個性偏重主義である。生活規範(道徳)をふくむ天皇制イデオロギーをたたきこんだ戦前の教育とは真逆の方向へ向かったことになる。その意味では、今の基本法では「公共心」が育たないと言う教育基本法改正論者の指摘は、全くの的はずれというわけにはいかないのだが、彼らはライブドア事件などのある意味極端な例を持ち出してその問題を「度はずれに」(ディーツゲン)指摘する一方で、教育基本法の精神がもたらしたその成果は一切無視し、基本法全体を否定しにかかるのである(このやり方は反動主義者の十八番の一つである)。

小泉純一郎は、改正案合意が報じられた後、テレビのニュースで「愛国心は自然な感情」などとのたまっていたが、靖国参拝を欠かさないような小泉には「自然な感情」でも、郷土愛などと異なり、普通の国民にとって「愛国心」は不自然な感情である(だからこそわざわざ学校という公共の場で浸透させようと目論んでいるのではないか!)そもそも小泉の言うことが正しければ、「自然な感情」なのだから、法で定めて教育に反映させることなど不要だという話になろう。

武部勤は「政府案がまとまるのを受けて党内議論をきちんとやり、今国会に早く提出をすることが重要だ。今国会で成立を期したい」(東京新聞)と、成立に躍起になっているが、昨年の12月に「日本は天皇中心の国だ。中心がしっかりしているのと同時に、中心を皆で支えていく国柄だ」(「『日本は天皇中心の国』/自民党パーティー/武部幹事長が発言」、しんぶん赤旗、05.12.06)などとのたまう、森喜朗と同様の認識を持っている男であることは認識しておいた方がよい。また公明党の冬柴鉄三は、「与党の改正検討会の議論で、『国』には統治機構を含まないことが明確になり(国家主義に陥るとの)危惧はぬぐい去られた」(東京新聞)などと語っているが、今の日本の場合、成立さえすれば、憲法9条よろしく拡大解釈でどうにでもなる話であろう?戦前、天皇制に反対し弾圧された過去を持つ、支持団体の創価学会の人々はどのように考えているのだろうか。
posted by liger-one at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月06日

Apple「Boot Camp」:デュアルブート・ソフトウェア

「アップル、Boot Campを発表」(アップル

「Intel MacでWindows XPが動く! アップルが「Boot Camp」のパブリックβを公開」(Yahoo!ニュース)

詳細はYahoo!の記事かアップルサイトのトップページ→ホットニュースを参照していただきたい。

先日intel MacでWindowsXPとのデュアルブートを可能にする方法が発見されたというニュースが流れたばかりだが、今度はアップル自らがintel Macでのデュアルブートを可能にする純正ソフト「Boot Camp」(パブリックベータ版)を公開した。プレスリリースによると、この機能は次期MacOSX(10.5 Leopard(レパード))の一機能として搭載されるという。

intel MacはPowerPC MacともPCとも違うブートシステムEFIを採用しているため、BIOSを使用するXPは、通常の方法では起動はおろかインストールも困難なはずだった。そこでintel MacでXPを起動させようという有志によるプロジェクト(「XOM」)が立ち上がったのだが、賞金獲得の権利を持つ成功者が現れたのは先月3月6日。そのわずか1か月後にアップル自らデュアルブートソフトを公開するというのも、「XOM」プロジェクトのことを考えると、どうしたものかという気がするのだが。

もっとも私自身はデュアルブートにはあまり関心がなく、むしろVirtual PCのintel Mac版やDarwine(Linux上でWindowsアプリを動かす「Wine」プロジェクトの、MacOSX移植プロジェクト)のほうが気になっている。デュアルブートではMacOSX上でWindowsのソフトを使うという「離れ業」はできないからである。
posted by liger-one at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | Mac and Windows | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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