2006年10月10日

唯物弁証法の成立と歪曲:目次

1991(平成3)年2月、三浦つとむの没後に勁草書房より出版された『三浦つとむ選集』の1冊(補巻)。編者は板倉聖宣氏。生前の三浦の構想を元に編者が選んだ既発表論文16編に、三浦の死後に発見された未発表論文「認識論はどういう科学か」を加えた全17編で構成される(帯コピーの「18論稿」は誤り)。巻末には「三浦つとむ略年譜」と「三浦つとむ著作目録」も収録されている。流通数が少ないのか、『選集』の中でも比較的入手しにくい。

マルクス主義者として偽物を摘発し続けて、今日なお光芒を放つ三浦理論珠玉の18論稿を未発表論文を含めてここに公刊。(本書帯コピー)


はしがき(板倉聖宣)

■唯物論における「ミーチン=唯研的偏向」の克服〔一〜五〕
■「不明瞭なものに関する理論」をめぐって〔一〜五〕
■第二インターナショナルの亡霊――俗流唯物論から修正主義へのマルクス主義の後退〔一〜四〕
■大正時代の学者たち―唯物史観研究史の一齣〔一〜六〕
■「主体性」論の意味するもの――人間にとって「主体性」とは何か
 「主体性」論の重要性
 小田切の主張と除村の反論
 個人の「主体性」の解明を拒否
 蔵原理論をめぐっての反論
 形而上学的俗流反映論
 哲学の歴史は何を教えるか
 マルクス主義者は真の唯物論者か
 マルクス主義者と主体性
 「修正主義」と仮説実験授業
 仮説実験授業の意義
■実存主義的マルクス主義者の妄想――科学主義・人間主義とマルクス
 哲学も哲学者も不要になったこと
 カントの物自体は科学者のいう物質ではないこと
 竹内芳郎の「全体化」的弁証法のこと
■唯物弁証法の成立と歪曲〔一〜五〕 
■ヘーゲルの亡霊――何がアルチュセールをそうさせたか
■無理が通れば道理ひっこむ――唯物弁証法の歪曲の歴史から
 一 岩波小辞典の中の<相互浸透>の解説
 二 揚献珍はどうして罵倒されることになったか
 三 哲学者にはマルクス主義の古典が読めない
■戦後マルクス主義の軌跡――官許マルクス主義とその没落〔一〜五〕
■科学と方法――一般論と一般法則の位置づけ
 一 なぜ一般論や一般法則を必要とするか
 二 像についての一般論と否定の実践
 三 一般から特殊への追跡と吟味
 四 なぜ一般論や一般法則が軽視されるか
■ヘーゲルの法理論とマルクス主義――実践における意思の対象化の問題
■認識論はどういう科学か
 一 哲学での認識論と科学での認識論とのちがい
 二 マルクス主義哲学者はどんな認識論を提出しているか
 三 日常生活での言語はどんな認識を表現しているか
 四 認識における分解と綜合との統一
 五 具体から抽象へ「のぼっていく」道と抽象から具体へ「おりてくる」道
       ◇        ◇
■便乗の論理――あるテキストの分析による例証〔一〜五〕
■レッテル論
■日本語は膠着語である〔一〜二〕
■時枝誠記(ときえだもとき)

あとがき(横須賀壽子)
三浦つとむ(三浦二郎)略年譜
三浦つとむ著作目録

(注)目次中の■・〔〕内・節見出しは私が付した。


posted by liger-one at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | The Tsutomu Miura Archives | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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