2007年04月08日

東京都知事選の結末(==;)

<都知事選>現職・石原氏の当選確実 浅野氏を圧倒(Yahoo!ニュース(毎日新聞))
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070408-00000038-mai-pol)

東京都知事選、石原氏の3選が確実に(アサヒコム(朝日新聞))
(http://www.asahi.com/politics/update/0408/TKY200704080111.html)

あきれた(==;)。投票を締め切ってから、わずか20時13分でこのニュース(毎日)が配信された(朝日は20時26分)。

あれほど噴出していた石原都政の疑惑はどこへやら。選挙戦ではいくら謙虚な態度をとろうと、長年培われてきたあの人間性が、今更変わるはずもないというのに・・・。
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2007年03月16日

時枝誠記『国語学原論』が文庫化

何気なく「国語学原論」で検索をしていたら、岩波文庫のページに、時枝誠記の主著『国語学原論』の書誌情報が掲載されていた。サイトの新刊情報を見てみると、日付が「2007年3月16日」となっている。2分冊だが価格も735円(上巻)と値段も手頃になっている。

単行本の『国語学原論』は、A5版で550ページ(本文)というボリュームの大著で、古本でも3〜4000円はする本だが、三浦つとむの仕事に大きな影響を与えたこの本が、文庫で容易に手にはいるようになるのは喜ばしいことだと思う。

ちなみに『原論』には、発展編である『国語学原論・続篇』もあるのだが(ボリュームは『原論』の半分程度)、ぜひこれも文庫化してもらいたいものである。


岩波書店
http://www.iwanami.co.jp/index.html

岩波書店・今月の新刊一覧
http://www.iwanami.co.jp/shinkan/index.html

(07/4/22追記)まだ下巻は手に入れていないが、上巻はすでに入手している。単行本では旧字旧かなだったが、文庫では新字新かなに改められている。宮下眞二(英語学者、『現代言語学批判』(勁草書房)の共著者の一人、故人)あたりが見たら怒り出しそうな気がするが(==;)、読みやすくなったことだけは間違いない。
posted by liger-one at 02:23| Comment(6) | TrackBack(1) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

ものの見方考え方:目次

人生記録雑誌への協力

■こう考えるのが正しい
まえがき
序論 正しい考え方についての科学を学ぼう
第一章 「あれかこれか」と「あれもこれも」
 1 ライオンが強いか鉄砲が強いか
 2 どういう条件で結論を出したかをしらべること
 3 形而上学的な考えかたと弁証法的な考えかた
第二章 コトワザの中の弁証法
 1 「悪に強きは善にもと、世のたとえにもいうごとく」
 2 ほんとうの正直と「バカ正直」
 3 あやまちのマイナスがプラスになるように努力しよう
 4 イロハガルタは毛沢東につながっている
 5 全体と部分との関係を理解すること
 6 妥協の問題――まわりみちの重要性
 7 全体を見ながら決定的な部分に力を注げ
第三章 一面では変りがないが多面では変っている
 1 見かけが変っても根本的な性格は変らない場合
 2 見かけは変らないが根本的な性格が変っている場合
 3 働くこと自体に不満はないのだが……
 4 労働者が株を買うことの意味
 5 対立物の相互浸透ということ
第四章 指導と自主性は両立する
 1 指導者についてのあれかこれか
 2 指導者は協力者でなければならない
 3 人多き人の中にも人ぞなし
 4 組織における対立物の相互浸透
第五章 量と質との関係について
 1 量質転化の法則――部分の質は変らないが全体の質が変る
 2 牛若丸と飯つぶ
第六章 新興宗教の理論をうちやぶるために
 1 病気はなおるかなおらないか
 2 部分的な真理を全体におしひろげる
 3 人間のありかたを自然に押しつける
 4 全宇宙は天皇のものであるという結論
 5 人間は生れ変ると創価学会は言うが……
 6 宗教は幸福をもたらすか
第七章 矛盾とはどういうものか
 1 矛盾の本質・矛盾の二つの種類
 2 矛盾は立体的な構造をとる
 3 矛盾はたがいに影響しあう
あとがき

「影の王国」をめぐって

■1たす1は2にならない
失敗を科学する
 失敗をしたときはだれでもはずかしい
 失敗を科学すれば
なぜ失敗するかを考えよう
 失敗にもいろいろござる
 人間に失敗はつきもの
経験は万能の神ではない
 仲良くしていては競争にならない
 経験にだまされる
死んだら神さま仏さま
 推理もゆきすぎると
 苦しいときの神だのみ
 死んだら神さま仏さま
うまい話には気をつけろ
 冬来たりなば春遠からじ
 くりかえしか偶然か
「純粋」に考えると失敗する
 地上を走っても地下鉄とは
 「不純」にもよいことがある
 木が三本以上あれば森というか
“いじわる"にしかとけない問題
 のろのろ走っても高速道路
 1たす1は2にならない
 常識のおとしあな
なぞときのすすめ
 「あれ」でもあり「これ」でもある
 ああ失敗は成功のもと
あとがき

■『こころとことば』※
もう一人の自分(その一)
もう一人の自分(その二)
もう一人の自分(その三)
もう一人の自分(その四)
もう一人の自分(その五)
打ち消しのことば
過去の回想と未来の推量
もう一人の自分との対話
二重うつし

三浦つとむ著作目録

※単行本の7〜15を採録
posted by liger-one at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | The Tsutomu Miura Archives | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

レーニン批判の時代:目次

レーニンの真理論、国家論の誤りはどこから生れ、スターリン、毛沢東へどのように受けつがれてしまったか(帯コピーより)

私は戦前の1930年に岩波文庫版でレーニンの『唯物論と経験批判論』を読みました(当時白揚社版もあった。)が、そこに述べられている真理論には納得できませんでした。『反デューリング論』のそれにくらべて修正であり退歩しているとしか思えなかったからです。……しかしミーチンはじめソ連の哲学者は、……逆にレーニンのほうが進歩していると解釈して、「哲学のミーチン的段階」と名づけてまつりあげ、日本でも永田広志や蔵原惟人が口まねしました。何とも滑稽な光景でした。……
……この真理論についての私の批判は、まず60年に理論同人誌『現状分析』に「真理論におけるレーニンの誤り」を書くことではじまり、さらに『現代の眼』63年10月号の論文「レーニンから疑え」で問題にした。(「レーニン真理論の批判」より)

私は国家権力を一つの組織として考えているうちに、レーニンがエンゲルスの国家論を誤読したためにそれ以後の国家論、スターリンのプロ独裁論や神山茂夫の天皇制論などがいわば「国家機構説」で意思論の脱落していることに気づきました。……この時代の私の仕事は原口清氏の明治維新史研究に影響を及ぼし、62年に書かれた氏の名著『戊辰戦争』の「まえがき」の中には次のように記されている。
「本書の史実の具体的な叙述の背後にある理論的な諸問題についていうならば、本書は、ここ数年来のマルクス主義理論戦線における新しい諸傾向のなかから多くのものを摂取している。」(「レーニン国家論の批判」より)


序論 レーニンのヘーゲル的偏向とその影響〔1〜6〕
レーニン真理論の批判
真理論におけるレーニンの誤り――新版『哲学教程』の書評にかえて――〔1〜3〕

レーニンから疑え
第 1 部
 革命家と政治家の裂目
 レーニンから疑え
  1 ソ連のマルクス主義の中国のマルクス主義への浸透
  2 レーニンのフォイエルバッハへの後退
  3 エンゲルスの真理論のレーニンによる修正
  4 レーニンの矛盾論の持つ欠陥
  5 毛沢東矛盾論はさらに後退する
  6 矛盾論の誤謬は粛清の論理を生む
  7 非敵対矛盾の無理解と国家論の修正
  8 社会主義的賃金論はふみにじられている
 レーニンをどう学ぶか〔1〜3〕
 矛盾論争はなぜ行きづまったか
  1 矛盾論が実践上の課題となる  
  2 非敵対的矛盾は永遠に存在する――ステパニヤン
  3 「調和性」の力も原動力だ――ロージン=トゥガリノフ
  4 原則論者たち――ステファーノフおよび毛沢東
  5 非敵対的矛盾とその「克服」とを同一視――ソボレフ
  6 矛盾論争はかくして自然消滅した
  7 社会主義社会の基本矛盾は何か
第 2 部
 『反デューリング論』をめぐって〔1〜3〕
 マルクス主義における「交通」概念〔1〜6〕
 唯物史観と意思論――観念的な原動力と、原動力の原動力をめぐって、あわせて、柴田高好氏へ――〔1〜6〕
 四つの書評
  エリック・ホッファー『大衆』
  大熊信行『家庭論』
  柴田高好『マルクス主義政治学序説』
  本多秋五『転向文学論』
第 3 部
 弁証法とは何か
  1 エンゲルスの二種類の規定
  2 弁証法的な性質と弁証法とは異る
  3 ミーチン=唯研的偏向
  4 俗流反映論から観念論へ
  5 デューリングとミーチン=唯研との一致
  6 レーニンの誤謬――論理学、弁証法、認識論の同一視
  7 山田宗睦のミーチン批判の弱点

レーニン国家論の批判

マルクス主義の基礎
序論
第一部 弁証法的唯物論と史的唯物論
 第一章 唯物弁証法の発見者ヨゼフ・ディーツゲンをめぐって
  1 「驚異に値する思想」を持った「労働者哲学者」
  2 いまの哲学者は真理と誤謬とを統一においてとりあげない
  3 いかなることに対しても「なぜか?」と質問すべきである ――スターリンの土台根絶論はどうしてうまれたか
  4 自ら進んで対象ととりくまねばならぬ
  5 マルクスは「二分論」スターリンは「三分論」
 第二章 マルクス主義における「生産」の概念
  1 マルクス主義の「生産」は財貨をつくりだすことに限られない
  2 生産過程は「流れと社会的範囲とにおいて」見なければならない
  3 河上肇博士のあやまりとスターリンのあやまりとの一致
  4 櫛田民蔵氏は河上肇博士を批判する
  5 スターリンと「生産力論」
  6 エンゲルスの家族観はあやまりであったか
 第三章 毛沢東の『矛盾論』におけるあやまりはどうしてうまれたか
  1 『矛盾論』への疑問
  2 ソヴェト哲学者のレーニンに対する個人崇拝とその影響
  3 対立物の同一性と差異性に対する同一性との混同
  4 弁証法における相互浸透とそうでない相互浸透との区別
  5 ヘーゲルの否定の否定に対するマルクスの評価

第二部 マルクス主義国家論
 第一章 国家論の二つの曲り角 ――レーニンのエンゲルス誤読とスターリンの機能主義――
  1 スターリン言語学の論理的な欠陥の一つとしての機能主義
  2 マルクス主義の国家論ならびにレーニンのエンゲルス誤読
  3 プロレタリアートの独裁についてのスターリンの機能主義的解釈ならびに日本その他の諸国への影響
  4 プロレタリアートの独裁と労働組合の役割
 第二章 中国における国家論の前進と限界
  1 中国はプロレタリアートの独裁である
  2 労農民主独裁とは何か
  3 毛沢東のふりわけ独裁論はどうしてうまれたか<
 附録 事件の典型としての把握――ミス・マープルに学ぶもの――

マルクス主義国家論に関する手紙――『現状分析』編集委員会へ――
続・国家論に関する手紙
丸山政治学の論理的性格――個人意思・階級意思・国家意思の区別と連関――
国家論への関心
平和委員会への参加
討論し合おう――現代思想研究会に参加した理由――
共産党構改派の党組織論は正しいか
「党員協議会」の解党主義的偏向
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2007年01月19日

狂暴な共謀罪(12)懲りない面々

「共謀罪」の通常国会成立を指示=野党に理解求める−安倍首相(時事通信)
(http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007011900377)

世論と野党の必死の抵抗で、昨年末に継続審議に追い込まれた共謀罪だが、5度目となる今回は、首相・安倍晋三から直々に指示が出た。与党やその支持団体(例えば日本会議)は、よほど国民から自由を奪い取り、国家への反対意見を封じ込めたいのだろう。

だが、企業でも、「社長のイエスマン」だけで主要なポストが固められた組織では、組織の維持はできてもそれ以上の発展ができず、やがては崩壊の可能性すらあるように、日本という巨大な組織も、自称「改革」という名の反動政策で、国民が「国家のイエスマン」だけで固められるようになってしまっては、国家の体は維持はできても発展はできまい。「改悪」教育基本法や防衛省、共謀罪などでは、現象的には国家秩序は維持できようが、共同体としての国家の発展は、かつてのソ連や現在の北朝鮮のようにゆがんだものになるのではないか。
posted by liger-one at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂暴な共謀罪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月02日

三浦つとむ著作一覧:更新履歴

今まで「三浦つとむ著作一覧(3)」の末尾に付けていた覚え書きを独立した記事にしました。もし三浦つとむの著作に関する新情報がございましたら、コメント欄までお寄せいたければ幸いです(※承認制です)。
(07/3/11)最新の履歴が上に来るよう、NOTEを日付降順に変更しました。


■NOTE

(2007/6/1)『現代言語学批判』を追加。目次リンク追加済み。

(2007/5/20)『言語過程説の展開』『芸術論』を追加。目次リンク追加済み。

(2007/3/11)『ものの見方考え方』目次リンクを追加。『スターリン批判の時代』(OD版)目次リンクも追加。

(2007/2/12)『レーニン批判の時代』目次リンクを追加。

(2007/1/2)『スターリン批判の時代』目次リンクを追加。

(2006/10/18)新装版『1たす1は2にならない』『こころとことば』リンクを追加(新装版追加に伴い、リンク先の記事に加筆。)
(2006/10/11)『唯物弁証法の成立と歪曲』の記事リンクを追加。また、9月末に同時刊行された新装版『1たす1は2にならない』『こころとことば』をリストに追加。

(2006/07/13)リスト中の『日本語はどういう言語か』(初版)のリンクを、新訂版から初版の目次に差し替え。
(2005/06/13) 『言語学と記号学』に関する記述を「新装版」から「新装重版」に修正。

(2006/03/26)『文学・哲学・言語』(国文社)も脱落していたので追加。リスト(2)・(3)(特に(2))に著作目次を大幅追加。
(2006/03/16)リストから脱落していた『ものの見方考え方』(1964、社会党出版局刊)を著作リスト(2)に追加。これは後年再版されているので、それも後日リストに追加する予定(済)。
posted by liger-one at 15:57| Comment(0) | 更新状況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スターリン批判の時代:目次

「権威とされたスターリン言語学論文への反逆―――三浦言語論、表現論の出発点をなす初期の重要論文を収む。」
(帯コピーより)

湯河原の病院で大きな動脈瘤があると知ったときには……探偵小説の『試行錯誤』を読んでいたこともあって、これが破裂しておれも霊園行きかと覚悟しました。死後に昔書いたものを集めて出版してくれるだろう。それは有難いが、当時の詳しい事情を知らずに見当違いの編集をされ解説をつけられるのは困る。おまけに……「三浦つとむ研究」をする人まで出て来た……ので、悪友平田君のことや掛札さんからの影響も知らず、確実な材料もなしに私の昔の生活や思想について勝手な憶測をしてもらいたくないと思った。幸い医療センターでの手術に成功して生きのびたので、このように自分で編集したり解説したりすることができたわけです。
(「まえがき」より)


まえがき

■第一部
私の独学について――ツルカメ算と探偵小説からの出発
 独学の現象と本質  優れた武器としての弁証法の発見
 暗号学から言語学へ 民科の異端分子となる
 独学者にありがたい『試行』の存在

思い出のいくつか
 悪友平田一郎君の思い出 気味の悪い予言
 昔の日本橋 「西洋阿呆陀羅経」 「臨床探偵小説」

時枝理論との出会い

■第二部

時枝理論への民科の言語学者への攻撃
 スターリン言語観の日本における一解釈―ノアレの理論に関連して―(三枝博音)

時枝言語学の功績
 奇妙な忠告
 変形文法論についての感想

スターリンの言語学論文をめぐって
 基礎理論把握の重要性――芸術論争・言語論争――
 批判を述べた動機
 シンポジウム報告要旨 スターリンの見解と私の見解とはどこがちがうか
  A 史的唯物論の基礎、マルクスの公式に対する解釈の当否
  B 言語の本質について
  C 史的唯物論の客観的歪曲と言語理論における客観主義とのつながり。実践論、認識論、表現論における形而上学的偏向との闘争
  D 「弁証法的唯物論と史的唯物論」とマルクス主義とのくいちがいについて厳密に再検討する必要。ブルジョア言語学(特に時枝誠記による日本語の分析)の成果を正しく理解しその貴重なものを摂取すること。
  E 時枝誠記氏によるスターリン言語論批判をいかに学ぶか。

なぜ表現論が確立しないか〔1〜6、解説〕

スターリンは如何に誤っていたか〔1〜6、解説〕
 スターリンの英訳本
 処分についての予想

除名決定について

言語における矛盾の構造――マルクス主義における言語学――
 一 商品と言語との共通点
 二 言語表現の二重性――超越的表現と感性的表現との統一
 三 ソシュール理論の認識論的性格
 四 いわゆる「ラング」なるものの正体――直接表現される認識と表現を媒介する認識との分離

スターリン批判の反応
 骸骨の踊り
 「更年期障害」説
 古在由重氏の賛成
 偽装除名説
 柳田謙十郎氏と私
 神山茂夫氏の『解説日本革命』と私
 「弁証法をゆがめる」のは誰か
 批評への反論
 文学論争への参加
 マルクス主義文学理論の盲点――高橋義孝氏の問題提起に関して

■三部
真善美社と私

哲学入門
 初版のまえがき
 新版のまえがき
 その一 科学的な哲学はやさしく、面白く、たいへん役に立つものである
 その二 ベンケイとウシワカマルとは、どちらがえらいか知っていますか?
 その三 落語の「一つ眼の国」と芝居の「河内山」は、どのような真理をおしえるか?
 その四 「王さまはハダカぢゃないか!」と叫んだのは、大人でなく子供であった
 その五 本を読んで病気がなおるという ほんとうだろうか?
 その六 自然も、社会も、思想も、そのありかたはかわっていく

『パンのみによって生きるにあらず』の問題
小説(探偵小説)の中の好きな人間
昔の仕事
posted by liger-one at 15:41| Comment(0) | TrackBack(3) | The Tsutomu Miura Archives | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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